高齢者・介護をテーマにしたマンガ3選【ヘルパーライターの読書メモ3】
週刊誌記者として、さまざまなジャンルで取材・執筆を続けている末並俊司氏は、自らを「ヘルパーライター」と名乗る。両親の介護をきっかけに、介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)の資格を取得するなど、介護にしっかりと向き合うようになったからだ。現在も都内のホスピス施設でボランティア活動を行っている。
ヘルパーライター末並氏が、日々勉強で読んでいる本の中からおすすめを紹介するシリーズ3回は「マンガ」だ。さらっと読めるが、どれも奥の深いテーマを扱った名作ばかり。大型連休の旅のお供に…、自宅でのんびりと…、さあ、読書してみよう!
昭和・平成。老境をテーマにしたマンガ珠玉の14作品を収録『老境まんが』
こんなモノが商品になるのか──とまず思った。
『老境まんが』──タイトルからして思わず唸ってしまうが、その名のとおり、老境をテーマにした短編マンガを集めたアンソロジーだ。選者は内外タイムスやアサヒ芸能などの記者を経て、現在は書籍、コミックの編集に携わる山田英生氏だ。
永島慎二『生命』(少年画報、1966年12月号)を皮切りに、谷口ジロー『欅の木』(ビッグコミック、1993年5月10日号)、水木しげる『なまけ武蔵─晩年の武蔵─』(ガロ、1967年9月号)…などなど、そうそうたるメンツの珠玉の短編14作品が収録されている。
筆者自身、十代のころ(80年代)は『少年ジャンプ』『少年サンデー』『少年マガジン』を毎週欠かさず買っていたクチだし、今でも面白そうな作品があればコミック雑誌を拾い読みするようにしている。が、十代のころはもちろん、中年になった現在でも老境をテーマにしたマンガを意識したことは正直なかった。
そもそも、筆者が少年誌をむさぼり読んでいたころは、日本もまだ若く、国全体が24時間働いていたような時期だったから、若者文化であるマンガが老境などに思いをいたしているヒマなどなかった──。と、思いこんでいたが、本誌を開くと間違いであることがわかる。
マンガ界の手練達はそのずっと前から『老境』を描き、今読んでも考えさせられる作品に仕上げている。
’66年の『生命』(永島慎二)は、厳しい大自然に生きる老練の狩人と、積年のライバルである年老いたメスオオカミとの死闘を描く。若い群れに庇護される年老いたメスオオカミに、狩人は勝つことができるが、この男も死からは逃れられない。
’76年の『湯治の二人』はご存知手塚治虫、ブラックジャックからのエントリーだ。古今随一と言われる老刀鍛冶に、手術用のメスを打ち直してもらうブラックジャック。ところが老刀鍛冶は仕事を済ませた後に帰らぬ人となってしまう。
他にも、認知症のおばあちゃんを少女の姿にして描いた高田文子の『田辺つのる』(’80年)など、『老境』を考える手がかりとなる作品が詰まっている。
【データ】
書名:『老境まんが』(ちくま文庫)
編集:山田英生
定価:842円
マンガで学ぶ介護のイロハ『親の介護でパニックになる前に読む本』
50代のサラリーマン、田中敏夫さんと妻の幸恵さんには大学生と高校生の娘がいる。田舎でひとり暮らしの敏夫さんのお母さんは、最近物忘れが激しくなってきた…。どこにでもありそうな家族が、必要に迫られて介護生活になだれ込んでいく。
可愛らしいタッチのマンガで家族の奮闘を描き、一方で介護制度や介護サービスの内容、選び方のコツ、在宅介護のあれこれなど、重要な情報は文章でわかりやすく解説してくれる。
原作は淑徳大学総合福祉学部教授の結城康博氏だ。’94〜2007年まで地方自治体に勤務したあと、介護現場に身を置き、ケアマネジャーや地域包括支援センターの職員などを経験した人物である。
第1章では介護に費やす年数の平均値や介護離職の現状、介護保険料の展望などの数字から介護を分析する。もちろん、介護の現状を知るうえで、これらの情報も大切だが、本書が本当に面白いのは第2章からだ。
突然始まる介護で慌てないために、介護休業のとり方や要介護認定で知っておくと便利な情報。超過してしまった介護サービス費を取り返す方法、介護保険料を安くする裏技など。現場経験が長い結城氏だからこそ指摘できるアドバイスが満載だ。
介護保険制度の仕組みは複雑でわかりにくい。解説本やハウツー本は数あるが、数字や専門用語の頻出が読む気を失せさせる。また実際の介護は暗く、後ろ向きになりがちだ。しかし本作品は、明るいタッチのマンガで論を進めてくれるおかげで、最終章まで飽きることなく一気に読むことができる。
介護という巨大な敵に相対して立ちすくんでしまう前に、本書を手に取れば、疑問や不安の多くが解消する。敵の正体がわかれば、対処するための戦略を練ることができるはずだ。
【データ】
書名:『突然始まる!親の介護でパニックになる前に読む本』(講談社)
著者:結城康博
定価:1512円
80歳の青春を描く『傘寿まり子』
作者のおざわゆきさんは、父親のシベリア抑留体験をベースにした『凍りの掌 シベリア抑留記』や、母親の戦争体験を元に描いた『あとかたの街』などで知られる社会派の作家だ。これら2作品は第44回日本漫画協会大賞を受賞している。
現在『BE・LOVE』(講談社)で連載中の『傘寿まり子』も第42回講談社漫画賞受賞作だ。
社会派と書いたが、こぶしを振り上げて主張を叩きつけるような作風ではない。『傘寿まり子』の主人公、幸田まり子は80歳のベテラン小説家だ。今でも月刊誌にエッセイの連載を持っているのだが、そのページ数が減らされることが決定。作家として、大きな危機感を覚えるところから物語はスタートする。
四世代が賑やかに暮らす自宅も、まり子が知らないところで建て替えの計画が進む。かつて家族の生活を支えた売れっ子作家も、今ではお荷物のひとつに成り下がっている──のかも……。疎外感に打ちひしがれ、まり子は齢80にして“家出”を決行するのだった。ただ、後期高齢者が直面するゼロからの宿無し生活は簡単ではなかった。不動産屋を訪ねてみるが、保証人のない80歳に部屋を貸してくれる奇特な家主はいない。かつて売れっ子だったころ、カンズメ生活を送った高級ホテルに宿泊してみるものの、現在のお財布事情で、連泊は難しい。たどり着いたのがインターネットカフェだった。ここから物語は急速に展開していく…。
老いと死。高齢者の生活とお金。仕事とプライド。様々な問題がまり子の人生に降りかかるのだった。
【データ】
書名:『傘寿まり子」(KCデラックス)
著者:おざわゆき
定価:626円
末並俊司
『週刊ポスト』を中心に活動するライター。2015年に母、16年に父が要介護状態となり、姉夫婦と協力して両親を自宅にて介護。また平行して16年後半に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了。その後17年に母、18年に父を自宅にて看取る。現在は東京都台東区にあるホスピスケア施設にて週に1回のボランティア活動を行っている。