認知症治療に期待の新薬「レカネマブ」対象者は?いつ使える?治療の最前線をレポート!
人生100年時代――それは裏を返せば「長生きせざるを得ない」時代であるということ。長い人生の中でとりわけ脅威になるのが日常を奪う認知症だ。認知症の根本的治療薬はまだないが、厚生労働省が新しい治療薬「レカネマブ」を承認するなど変化の時を迎えている。新薬をめぐる現況や現在認可されている治療薬について徹底取材した。
教えてくれた人
室井一辰さん/医療経済ジャーナリスト、新井平伊さん/順天堂大学名誉教授・アルツクリニック東京院長、富田泰輔さん/東京大学薬学部教授、内野勝行さん/金町駅前脳神経内科院長
2025年には65才以上の5人に1人が認知症患者に
「先日ニュースで見たんですが、新しい認知症の薬ができたんですよね。最近、母の物忘れが目立つようになって病院に連れて行っても『極めて初期の状態だから、まだこの段階で処方できる治療や薬はない』の一点張り。新薬は初期の患者に使えると聞いたから、すごく期待しているんです。だけど実際、いつ使えるようになるんでしょうか?」
首をかしげながら話すのは神奈川県在住の会社員・山本富子さん(54才・仮名)だ。
山本さんが言う「新しい薬」とは、製薬会社のエーザイと米バイオジェン社が共同開発した新しいタイプのアルツハイマー型認知症治療薬「レカネマブ」のこと。今年7月に承認されたアメリカに続き、日本でも早ければ年内に患者に処方される可能性があると大きな話題になっている。
高齢化に伴い認知症患者が増加し続ける日本では、2025年には65才以上の5人に1人が、2040年になれば4人に1人が認知症になるといわれている。当事者はもちろん、介護する家族をも蝕んでいく「国民病」に、新薬は福音となりうるのだろうか――。
新薬「レカネマブ」どんな薬?なにがすごい?
「レカネマブは、病気の進行を抑えられるという点でいま流通している薬とはまったく異なる薬」だと話すのは、医療経済ジャーナリストの室井一辰さんだ。
「アルツハイマー型認知症を発症する主な原因は、『アミロイドβ』というたんぱく質が脳内に蓄積して固まり、脳の神経細胞を破壊することが原因だと考えられていますが、いま流通している薬の中に、アミロイドβに作用する効能を持つものはない。一時的に症状を軽くするに留まっているのです。
しかし今回の薬は治験によってアミロイドβの蓄積を防ぐ効果が認められました。つまり、レカネマブは認知症の進行を止めることができる世界初の薬だと言えるでしょう」(室井さん)
順天堂大学名誉教授でアルツクリニック東京院長の新井平伊さんも、アミロイドβへの作用は認知症治療において大きな意義があると指摘する。
「今回の薬が画期的なのは、認知症が発症する前段階の『軽度認知障害(MCI)』という状態を治療できることです。MCIとは、少し物忘れがあるものの日常生活はほぼ普通に送ることができている状態を指します。しかしすでに脳の中ではアミロイドβが蓄積しており、そのままにしておけば症状はどんどん進行する。MCIの時点で薬を服用し、アミロイドβを除去することができれば、後の発症を遅らせることが期待できるのです」
新薬が効くのは一部の認知症患者のみ
そうした有用性が注目される一方で、すべての患者を救う「万能薬」ではないと新井さんは続ける。
「残念ながら、薬が効果を発揮する対象はMCIと初期のアルツハイマー型認知症のみ。つまりすでに症状が進行した中等度以上の患者や、前頭側頭型認知症、血管性認知症など、アルツハイマー型以外の認知症患者には効果が期待できません」
つまり早期発見のうえ、いかに早く投薬できるかが明暗を分けるということ。一方、万人がすぐに服薬できる未来は少し先になると、東京大学薬学部教授で認知症治療の研究に携わる富田泰輔さんは予測している。
「画像診断などでアミロイドβの蓄積が認められることが投薬を受ける前提になりますが、そうした検査はある程度、医療設備が整った病院に限られます。また、新薬であるがゆえに治験では報告されなかった副作用が起こる懸念もある。経過を細かく見ながら慎重に投薬できる専門医のもとでの処方に限定される可能性が高い。加えてレカネマブはのみ薬ではなく、2週間に1度、外来での点滴が必要になります。自宅での注射を用いた投薬の研究開発も進められていますが、現状において、この薬を使うためのハードルは決して低くないと言えます」(富田さん・以下同)
とはいえ、医学の世界は日進月歩。決して悲観する必要はないと富田さんは続ける。
「現在、私が研究している『光認知症療法』はいずれレカネマブと併用できるように開発に取り組んでいます。あらかじめ、光が当たると活性化しアミロイドβを分解する薬をのんだ後、頭蓋骨に光を当て、脳にたまったアミロイドβを分解・除去するというメカニズムの治療法です。動物実験ではすでに有効性が確認できており、将来的に、認知症の発症を完全に予防することも不可能ではないと信じています」
認知症治療の医療現場で使われる薬は4種類
福音ではあるが、いまこの時点においては万能ではない――新薬を取り巻く現況がそうしたものである以上、認知症治療における「最適解」は現在、承認が下りている薬に頼り、少しでも症状を緩和させることだろう。新井さんによれば、現在の医療現場で用いられている薬は「ドネペジル」「ガランタミン」「リバスチグミン」「メマンチン」の4つだという。
「前者の3つは神経細胞の機能低下が原因で減少してしまう脳内ホルモンの『アセチルコリン』を補い、脳の活力を取り戻そうとする薬です。4つめのメマンチンだけ働きが異なり、神経伝達物質『グルタミン酸』の受容体に作用して神経細胞障害を抑制する作用がある。 認知症に限らずどんな薬でも言えることですが、効き方には個人差があり、進行具合や症状に合わせて処方されます」(新井さん)
現在、85才以上の認知症患者の2割近くが何らかの薬を処方されているものの、金町駅前脳神経内科院長の内野勝行さんは「薬は決して万能ではない」と主張する。
「『高血圧を治すのは降圧剤』、『せきを止めるなら風邪薬』など、薬は基本的に病気を治療するために服用するものです。そのため『認知症薬をのめば認知症が治る』と思い込んでいる人は多いですが、認知症薬に“治す力”はありません。4種類の薬はあくまでも症状を緩和する対症療法でしかなく、実際に薬の添付文書にも『認知症の病態そのものの進行を抑制するという成績は得られていない』と記載されています。病気を治すという観点のみで言えば、認知症の薬は無力とすら言える。薬さえのませていれば安心だと考えるのは大きな間違いです」
現状流通している「4つの認知症薬」
※薬品名/特徴
【1】ドネペジル
現在の薬の中でシェア率ナンバーワン。脳内ホルモンの「アセチルコリン」を補い、脳を活性化させることで症状を緩和するが、患者によっては怒りっぽくなるなど悪影響が出ることも少なくない。
【2】ガランタミン
機序はドネペジルと同様で、アセチルコリンを補うことで症状を緩和する。副作用として食欲不振になるケースもある。
【3】リバスチグミン
機序はドネペジル、ガランタミンと同じだが、のみ薬ではなく貼り薬。そのため服薬困難者であっても取り入れるハードルが低く、胃を通らないため消化器官への負担が少ない。
【4】メマンチン
神経伝達物質「グルタミン酸」の分泌を抑え、神経細胞の興奮を抑制する。副作用としてふらつきや眠気などが報告されている。