年9万9100人の介護離職に「オンライン診療」が風穴を開ける?
家族の介護や看護のために仕事をやめる「介護離職」が年9万9100人に上るという(2017年、総務省・就業構造基本調査による)。安倍政権は「介護離職ゼロ」を掲げるけれど、深刻さは増すばかり。そこに風穴を開けられるか。期待が集まる「オンライン診療」の現場を女性セブンの名物記者・オバ記者こと野原広子氏が見てきた。
「姉ちゃん、母ちゃんの病院につきあってくんねが?」
この春、茨城に住む弟から電話が入った。その日は、90才でひとり暮らしをしている母親の補聴器ができあがる日で、弟は病院まで車で送ることはできる。だけど、外せない仕事があって、診察が終わるまで待てないと言うんだわ。
わが家のアッシーだった父が病を得て、今年の1月に亡くなってから、母親の通院は親戚のTさんと弟が代わるがわるしてくれていた。
ウンもスンもない。「わかった。朝、実家で待っているよ」と言ったものの、内心、「あ~あ、1日仕事だな」とため息が出た。
結局、待ち時間と診察で40分。そのために東京から実家まで片道2時間40分かけて行き、補聴器を受け取った母と病院の送迎バスに乗り、実家に戻ったらどっと疲れが出て、61才の私は畳の上で大の字になったわよ。
きっとこんなことが、日本全国で繰り広げられているに違いない。
お茶の間が診療室になるオンライン診療とは
そんなときに「サントリーホールディングス(以下サントリーHD)が、社員の75才以上の親を対象に、10月からオンライン診療を始める」というニュースが入ってきた。
詳しい話を聞こうと、記者会見に出向いてビックリ。サントリーHDの新浪剛史社長によると、「社内アンケート調査をしてみたら、介護への不安を持つ社員は9割。介護のため離職する社員が毎年10人はいる」のだと言う。
その解決策の1つとして採用したのが、インテグリティ・ヘルスケア社が開発して、全国の医療機関に提供しているオンライン診療システム『YaDoc(ヤードック』。
どんなものか、実際、昨年4月からこのシステムを利用しているという福岡市のKさん(82才)に聞くと、「自分の体のことをお医者さまにちゃんと話せるのがうれしい。安心できる」と言う。
Kさんと同居している娘のIさん(56才)も、「診療所に通うために付き添う私たちも本人もそう。体も気持ちも、負担がかかっていたんだなぁと、オンライン診療を始めて、改めて思いますね」と話してくれた。
自宅でリラックスして話せるのがいい
サントリーHDだけではない。福岡市は昨年、人生100年時代を見据えて、『福岡100』を宣言。100の健康事業を立ち上げた。その1つとして市はオンライン診療を取り入れ、好評を博したそう。
企業の管理職として多忙な日々を送る高血圧症のHさん(45才)が言う。
「オンライン診療がいいのは、前もって医師に聞きたいことや心配事を伝えているので、話が早いんですよ。それに、自宅でリラックスして話せるせいか、小さな気がかりまで話せるんです」
『YaDoc』の特徴の1つは、体重や血圧の変化を時系列で見ることができる点だ。
「限られた診察時間の中で、患者さんが、自覚症状を順を追って医師に正確に伝えるのは難しいものです。それが、ITの技術を活用することで、医師は患者さんの変化を視覚的に把握できる。患者さんも、自身の状態を医師がよくわかっている、と安心できるようですね」(インテグリティ・ヘルスケア広報・松岡愛歌さん)
『YaDoc』のシステムを開発したのは、東大医学部出身で、天皇皇后両陛下の侍医を務めた武藤真祐さん(47才)だ。武藤さんは、「健康に対して危機意識の少ない未受診者が、重病化してから私たちの前に現れ、『あの時、ちゃんと診断を受けていれば』と後悔の言葉を残しながら亡くなっていく。そんな残念な死を多く見すぎました。それを少しでもなくせないかと…」と言う。
思わず、1年前に手遅れの胃がんを嘆きながら亡くなった1才下の大工の弟の顔が浮かんで、目頭が熱くなった。
遠いから、忙しいから、面倒だから。医者から遠ざかる理由は、いくらでもあるけれど、自分の体を親身になって心配してくれるかかりつけ医が身近にいたら、本人も家族もどんなに心強いか。オンライン診療はその答えの1つなのかもしれない。
「オンライン診療」、何がメリットか?
オンライン診療では、何が可能で、何ができないのか。便利な点、不便な点をご紹介。
予約した時間になるとタブレットやスマホに医師からビデオ通話がかかってきて、お茶の間がそのまま診察室になる。これがオンライン診療だ。
医師の前の画面には患者の顔と、前もって患者が入力した体重、血圧のほか、糖尿病患者なら血糖値の上がり下がりが、折れ線グラフになって映し出されている。患者の画面には、医師と自分の顔が映り(左写真)、体の不調を訴えたり、不安なことを質問したりできる。
オンライン診療が想定しているのは、診療所まで通うのが大変な高齢者、すでに在宅医療を受けている患者。そして「忙しい」を理由に、診療所に行く機会を逃している中高年層だ。
とはいえ、どんな患者にもオンライン診療が有効なわけではない。
「主に“生活習慣病”といわれる高血圧症、脂質異常症、糖尿病などで、継続的な治療が必要な人に向いています」と言うのは、インテグリティ・ヘルスケア広報の松岡さんだ。
手順は下記の通り。
まずはこのシステムを取り入れている地域の医師にかかりつけ医になってもらい、「医師がオンライン診療ができると判断したら、対面での診察と組み合わせて診療が受けられます」(松岡さん)。
欠かせないのがモニタリングで、体重と血圧などのほか、日々の健康情報を指定のアプリから入力する。
例えば、「1日の振り返り」を入力する画面では、「むくみはありましたか?」「動いたときに息切れがしましたか?」「だるさはありましたか?」などの設問に、「ない」「少しある」「ある」の3段階で答える。
高齢者にスマホが使いこなせるのか?
だけど、高齢者が毎日、スマホやタブレットに入力できるかしら?
「ITに慣れていない高齢者は、50代、60代の子供世代が入力をサポートしていることが多いかもしれません。ですが、その分、子供世代は親の診察につきあう負担が軽減します」(前出・松岡さん)
診療費は、今年から健康保険が適用されて、対面で診察を受けるより安価になった。
一例としては、外来の糖尿病患者の再診の場合、オンラインならば1700円の3割負担になるという(薬代は含まず)。
とはいえ、いいことずくめではない。
まだオンラインシステムを導入していない医師も多く、広まるまでには時間がかかりそうだし、診療を受けるにはいくつかの条件がある。
例えば、半年以上、対面で診察した患者で、さらに医師が診療が可能と判断した場合にだけ利用できる。また、薬の処方は、郵送された処方箋を持って薬局に行かなければならない。といったように、まだまだ“オンライン”という語感ほど、お手軽ではなさそうでもあるのだ。
※女性セブン2018年8月2日号
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