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吉良を登場させない…日曜劇場『女たちの忠臣蔵』に込めた橋田壽賀子の荒ぶる思い

 TBS「日曜劇場」の金字塔『女たちの忠臣蔵』(1979年)を読み解くシリーズ2回目。今回スポットライトが当たるのは、脚本家・橋田壽賀子。橋田の豪腕が描き出した赤穂の女たちの涙に、制作の男性たちも泣きはらしたという伝説を、昭和史とドラマに詳しいライター・近藤正高さんが検証します。

吉良が一切出てこない忠臣蔵

 1979年12月に「東芝日曜劇場」の1200回を記念して放送された3時間ドラマ『女たちの忠臣蔵』には、本来なら忠臣蔵には欠かせない2人の人物が出てこない。その2人とは、赤穂浪士の討ち入りのそもそもの原因となった江戸城・松之廊下での刃傷沙汰の当事者、浅野内匠頭と吉良上野介である。

 浅野については、ドラマが大石内蔵助ら赤穂浪士が吉良邸に討ち入る10日ほど前から始まる設定ゆえ、出てこないのはむしろ自然だが、問題は吉良である。討ち入りのシーンにいたっても浪士たちにとって主君の仇である吉良は一切出てこない。そんな忠臣蔵は前代未聞にして空前絶後だろう。吉良の存在を示すのは、浪士たちにその首をとられたあと、白布に包まれた首桶から血がしみ出て白い雪を赤く染めたワンカットのみである。

 演出を担当した鴨下信一によれば、吉良を出さないのは脚本の橋田壽賀子がもっとも強く主張したところであった。そもそも橋田は討ち入りすら書きたがらなかったという。当初の脚本では、討ち入りのところはただ1行「討ち入り……」と書いてあるだけで、あとは白紙であったらしい。それでも討ち入りが全然ないというわけにはいかないので、鴨下はそれなりに工夫してやったが、吉良を出さないことには非常に意味があると思い、先述のような描写になったのである(小説版『女たちの忠臣蔵 いのち燃ゆる時』集英社文庫「解説」)。

 橋田がそれほどまでに討ち入りを書きたがらなかったのはなぜなのか? これについても鴨下はヒントになりそうなことを書いている。橋田が忠臣蔵のドラマ化を引き受けた大きな動機は、赤穂事件と呼ばれる事件そのものへの興味ではなく、《夫婦の、親子の、恋人たちのありようの原点、つまりは家庭[ホームとルビ]の原点を、忠臣蔵というもっとも日本的な物語の中でもう一度考えてみたいという》ことではなかったか、というのだ(前掲)。ちょうど70年代後半のこの時代、日本の家庭は曲がり角に突き当たり、ひいては橋田がプロデューサーの石井ふく子とつくりあげたホームドラマもまた転換を迫られていた。

時代劇の形を借りたホームドラマ

『女たちの忠臣蔵』の2年前、1977年に放送された山田太一作の『岸辺のアルバム』はまさにそんな時代を象徴するドラマである。その最終回では、崩壊寸前にあったサラリーマン一家が、自宅を洪水で流され、唯一残った屋根の上で再出発を誓う。これと同様に赤穂浪士の家庭はすべて事件によって破壊されるが、『女たちの忠臣蔵』はそこから家庭のかけがえのなさ、いとおしさを描き出した。それだけに、《見終った後の印象は「女たちの忠臣蔵」と「岸辺のアルバム」とは、じつはたいへん似ている。幸運にも両方を演出することの出来たぼくとしては、この二つの作品は同じ時代が産んだ姉弟のような気がしてならない》と鴨下は書いている(前掲)。

『女たちの忠臣蔵』はいわば時代劇の形を借りたホームドラマであった。そのことは大石内蔵助の役に起用されたのが宇津井健であることからもうかがえる。なぜなら、宇津井は70年代には『赤い迷路』に始まる「赤い」シリーズでヒロインの山口百恵の父親を演じ、当たり役となっていたからだ。

『女たちの忠臣蔵』でも折に触れて、宇津井演じる内蔵助が父として夫として、自分が吉良邸に討ち入ったあとの家族を慮るシーンが出てくる。たとえば、内蔵助がついに12月14日に吉良邸に討ち入ると決断し、江戸にいる浪士たちを料理茶屋に集めたときのこと。その店には、彼が本懐を遂げるのを見届けるべく赤穂からひそかに江戸まで出てきた元妻・りく(池内淳子)が女中として勤めていた。

 思いがけず店の庭先で妻の姿を見つけた内蔵助は声をかけるも、人違いだと否定される。それでも彼は、りくが周囲をはばかって素性を隠しているものと察して他人を装いながら、自分の身勝手で離別したことを謝り、「大事に思うからこそ別れることもあるんだと」と思いを伝える。それを聞いて、りくはとっさに内蔵助の手を握りしめた。このときの「冷たい手だ。りくもきっとこんな冷たい手をしていることであろう。大義に殉じる者はいい。だが、あとに残された者は一生温めてくれる人もなく、寂しく耐えねばならぬ。それでも、それでも生きていてくれと。生きるのだと。りく……」、「はい……おりく様はお幸せでございます。そのお言葉だけで……」という2人のやりとりからは、夫婦の情愛がありありと伝わってくる。それと同時に、大義だの何だのと理由をつけて家庭を犠牲にする男の身勝手さを、橋田はさりげなく批判しているようでもある。

赤穂浪士に翻弄される女性たち

 このあとも、赤穂浪士に翻弄される女性が次々と登場する。岡野金右衛門(五代目中村勘九郎=のちの十八代目中村勘三郎)は、しの(竹下景子)という娘と恋仲となり、彼女の親代わりの伯父・大工の平助(佐野浅夫)からは早く結婚するよう言われていた。だが、討ち入りのあと、しのは金右衛門が自分に近づいたのはそもそも、吉良邸に出入りする伯父から屋敷の絵図面を入手するためだったと気づき、彼に教わった鼓を怒って燃やしてしまう(2人の関係を見ていたら、のちに日曜劇場の『運命の人』のテーマにもなった沖縄返還時の日米両政府の密約をめぐり、ある新聞社の記者が外務省の女性職員と「情を通じ」機密文書を入手したとされる事件をふと思い出した)。

 愛する人を裏切ったのは、討ち入りには参加しないと妻の八重(上村香子)に約束していた勝田新左衛門(前田吟)も同様だ。討ち入り後、それまで新左衛門を意気地がないと冷遇していた舅(佐藤英夫)が手のひらを返したように彼を褒めそやすのに対し、八重は夫に嘘をつかれていたと悲嘆にくれる。他方、逆に討ち入りには参加しないとの決心を貫いた毛利小平太(新克利)は、その後、町人たちが討ち入りに加わらなかった赤穂浪士を臆病者呼ばわりするのを耳にして、自身の選択を激しく悔やみ、恋人のそめ(小川知子)になだめられる。

 さらに厳しい境遇に置かれたのが、間十次郎の妻・りえ(波乃久里子)と、十次郎の妹・深雪太夫(大原麗子)の義理の姉妹だ。十次郎(小野寺昭)は父の喜兵衛(下元勉)と弟の新六(篠田三郎)とともに討ち入りに加わったが、姉妹は彼らの資金づくりのため苦界に身を落としていた。とくに幕府非公認の岡場所で身を売るりえは悲惨な末路をたどる。赤穂浪士討ち入りの報を耳にし、夫を見届けるべく禁を犯して外に出ようとしたところ、見張り番の男たちに取り押さえられてしまう。このとき、りえは袋叩きにあったあげく、刀で刺されて命を落とした。余談ながら、壮絶な死にざまを演じきった波乃を、後日、彼女の父親・十七代目中村勘三郎と会った鴨下信一は褒め称えたが、勘三郎は「いえ、あれではいけません。頸動脈が1回ピクッとしました」とダメ出ししたという(大下英治『石井ふく子 おんなの学校(下)』文藝春秋)。

 りえの死を知った深雪太夫は、義姉とは対照的に華やかな吉原遊郭の花魁ではあるが、それでも同じく身を売った者として深く同情する。それゆえ、討ち入りを祝ってどんちゃん騒ぎをする豪商(北村和夫)に大金を渡されるも拒否した。このときの彼女の捨て台詞「何がめでたいのかわかりませぬゆえお断りしただけでありんす。赤穂浪士が吉良の首を討つためにどれだけの女が陰で泣いているか。この座敷、ご免こうむりとうございます」には、まさにこのドラマのテーマが集約されていた。

男性たちが泣きはらしていた

 石井ふく子が本作を企画したとき、その頭にあったのは、自身の戦争体験であったという(石井ふく子『あせらず、おこらず、あきらめず』KADOKAWA)。あまりにつらい体験ゆえ、石井はそれまで戦争をドラマのテーマには絶対に扱わなかった。しかし、それも忠臣蔵と融合すれば、男たちが大義に命を捧げる陰で残された妻子や親きょうだい、恋人などの心情やその後の生き方を描けるのではないかと考えたのだ。橋田壽賀子がこの企画を打診されて即座に引き受けたのも、石井と同世代だけに戦争のつらさが身に染みていたからにほかならない。

 とはいえ、鴨下に言わせると、本作は戦時中の女性たちの心情を投影するだけにとどまるものではなかった。試写室では意外にも、スポンサーや代理店の部長クラスなど、集まった男性たちが泣きはらしていたという。放送時に記録した42.6%という高視聴率も、このドラマが幅広い層に受け入れられた証拠だろう。

『女たちの忠臣蔵』にはこのほか、渥美清演じる研ぎ師の平吉が、赤穂浪士の刀剣・槍を預かったばかりに吉良方の武士から刀を突きつけられるも、威勢よく啖呵を切る場面(ここには渥美が『男はつらいよ』で共演していたタコ社長こと太宰久雄、おばちゃんこと三崎千恵子も登場する)など、いくつもの見せ場が用意されている。登場人物も、すでに大御所女優だった山田五十鈴が、内蔵助の一時住んでいた長屋の大家の役で登場したり、『肝っ玉かあさん』でおなじみだった京塚昌子が何人もの男たちを人足として雇う女侠客に扮したりと、バラエティに富んでいる。これだけ多くの人間模様を、ほとんど史料もないなか多分にフィクションを交えながら、見事に忠臣蔵の物語に織り込んでみせた橋田壽賀子の力量には、あらためて感服させられる。

『渡る世間は鬼ばかり』へ

 興味深いことに、『女たちの忠臣蔵』には浅野内匠頭と吉良上野介が出てこないばかりか、そもそも主人公が設定されていなかった。それは、エンディングロールで、本来ならキャストの筆頭に主演者が来るところが、俳優の名前がすべて50音順でクレジットされていることからもあきらかだ。大勢の人物のエピソードが並行して描かれる群像劇とあって、あえてそういうことになったのだろう。

 考えてみると、1990年にスタートした橋田・石井コンビの後年の代表作『渡る世間は鬼ばかり』には、このスタイルがそっくり引き継がれている。シリーズが進むにつれて、泉ピン子演じる5人姉妹の次女・五月が事実上の主人公に浮上したとはいえ、それでも群像劇であることに終始変わりはなかった。

 一方で、女性の視点から歴史をとらえ直すという『女たちの忠臣蔵』の手法は、橋田がこのあと手がけたNHKの大河ドラマ『おんな太閤記』(1981年)や『春日局』(1989年)、あるいは明治生まれの女性の一代記である朝ドラ『おしん』(1983~84年)などにも引き継がれている。このうち大原麗子が主演した『春日局』はもともと、1985年に日曜劇場の1500回を記念して放送された、同じく大原主演の『花のこころ』(徳川四代将軍・家綱の生母おらんの生涯を描いたもので、このときは春日局を森光子が演じた)を見てNHKが制作を決めたという。

『女たちの忠臣蔵』によって橋田の作品の幅が広がったことは間違いない。石井にとっても、これに端を発して、その後も単発の長編ドラマをプロデュースしていく。鴨下は鴨下で、歌舞伎や講談など伝統芸能から得た知識を演出に活かす格好の機会となった。このドラマは3人がそれまでに培ってきたものの集大成であり、その後の出発点という意味でも、エポックというべき作品であった。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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