連載

85才、一人暮らし。ああ、快適なり「第20回 料理人(シェフ)はアーチスト」

 日本の雑誌文化に大きな影響を与えた雑誌『話の特集』の編集長を創刊から30年にわたり務めた矢崎泰久氏。その手腕は、雑誌のみならず、映画、テレビ、ラジオのプロデューサーとしても発揮され各界で活躍した伝説の人だ。

 世に問題を提起する姿勢を常に持ち、今も執筆、講演活動など精力的に続けている。

 現在、85才。数年前より自ら望み、一人で暮らす。そのライフスタイル、人生観などを矢崎氏に寄稿していただく。

 今回のテーマは、「料理人」だ。親交の深いシェフを尊敬し、長い付き合いをしているという矢崎氏。食事に対する想いや、健康のために日々心がけていることとは…

 悠々自適独居生活の極意ここにあり。

 * * *

美味しいものを食べ続けるために作ったルール

 毎日、美味しいものが食べたい。これが私の願いである。

 一日三食の楽しみを大切にする。一食たりとも疎かにしない努力をする。

 しかし、これはそう簡単に実現できる願いではない。あくまでも希望であって、そんな贅沢はなかなか叶わない。規則正しい生活を送り、万全な体調を維持しなくては、現実的には実現不可能だ。

 老いは容謝なく肉体を蝕(むしば)んで行く。歯は次第に衰え、固いものを受付けなくなる。食欲はあっても胃に負担をかけ過ぎると、たちまち体調を崩してしまう。第一、肝心な味覚すら怪しくなってくるのだ。こんな悲しいことは他にない。

 そこで私は食生活にルールを作ることにした。自分の食生活は、自分で厳格に管理することにしたのである。

 自分自身で料理を作る。メニューを考え、食材を吟味する。手間暇かけることを厭わない。つまり、なるべく外食しない決心をするということである。

 週に一、二度は、和、洋、中華の料理人を厳選して、外食する。そして、友人になってもらう。

 もちろん一朝一夕にしてできることではない。自分の味覚に合った料理人を尊重する。少なくとも7人くらいとは、良い関係を作る必要がある。

 面倒臭がらずに自炊を楽しみ、料理人(シェフ)をアーチストとして尊敬し、決して礼を失することのないよう付き合ってもらう。これで万全な食生活を獲得することが出来る。騙されたと思って、是非真似して下さい。

50年の付き合いになる中華料理のシェフ

 横浜の馬車道に『楊子江(ようすこう)』という中華料理店がある。小さな店に73歳の老シェフの黄成恵(こうせいけい)さんが、たった一人で開店している。私との付き合いは、50年ほどに及ぶ。

 横浜中華街で上海生まれの父母に育てられ、老舗(しにせ)中華料理店『楼外楼(ろうがいろう)』に17歳で修行に出た。20代に原宿・表参道の支店で支配人に就任し、そこで私たちは出会った。

 独立して店を持ったのは30代。六本木に『彩威門(さいもん)』を開店し、3年後に杉並区井草に大衆的な大型店『八彩苑(はっさいえん)』を経営、3年後に横浜中華街に戻った。

『三洸園(さんこうえん)』での6年間の内、5年にわたって、永六輔、中山千夏、小室等、きたやまおさむ、そして私の5人によるディナー・ショウを毎月一回開催した。

 1500円のディナー・ショウは200人の参加者でいっぱいだった。観客も私たちも、高級中華料理の介在(きょうりょく)によって、大いに満足した催しであった。

 黄さんは両親が経営する横浜・桜木町の『楊子江(ようすこう)』に移り、10年後に父親が他界し、2010年、母親と二人で馬車道に店を移した。

 10人ほどしか入れない新しい『楊子江』にはメニューは存在しない。完全予約制にして、親しい客に合った料理を提供している。

 店の壁に「塗糊得難(トゥズゥドゥンナ)」という中国語が額に大書(たいしょ)されている。意味は「単純な作業をキチンとやりなさい」という訓戒。黄さんは座右の銘としている。

 最後には、たった一人で料理を作ると決めていた。まさにアーチストの身上(てつがく)である。

創意工夫溢れる西洋料理を吉祥寺のシェフの店で

 私には現在、黄さんを加えて7人の料理人(シェフ)の友人がいる。吉祥寺『ピッコロモンド』(西洋料理)の渡邊友二さんは厨房に誰も入れない。58歳の円熟期にある料理人(シェフ)である。創意工夫がしみじみ味わうことの出来るアーチストのひとりだ。

 他の5人はいずれも独立して間のない若手(と、言っても40前後だが)ばかり。料理に挑む姿勢に感動させられて通うようになった。客の期待を絶対に裏切らない料理作りに毎日専念している。

 最後の晩餐に何を食べるか。この質問に私は答えることが出来ない。ようやく腹八分目が実行可能になった現在にあって、7人の料理人(シェフ)の為に、最低でも一週間が必要だからでもある。やっぱり自分で作るしかないか。

 私は食いしん坊なのか、それとも食道楽なのか。これまた答えは見つからない。料理というアートをじっくり味う。これこそが無上の楽しみなのだから、なかなか人生を終わらせる勇気がないのである。

 衣・食・住のどれに一番金を投じるかという質問には、簡単明瞭に答えられる自信がある。

 食に決まっている。人は食に始まって、食に終わる。食で満ち足りたら、遊びにうつつを抜かす。他に何があると言うのだろうか。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

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1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

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