兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第9回 全部処分していいよ】
ライターのツガエマナミコさんが若年性認知症の兄との暮らしを綴る連載エッセイ。
5年前に引き払ったはずの兄のアパート、実は兄が解約手続きをしておらず、長年家賃を払い続けていたことが発覚した。その総額、480万円!そのアパートを片づけに行ったところ、中はごみ屋敷と化して…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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40万円の大規模片づけ
どうやって片づけようか、と考えるまでもなく、すぐに「これは業者レベル。一体いくらかかるんだろう?」と天を仰ぎました。
20~30万円と予想していたのですが、業者に見積もりに来てもらうと風呂・トイレ・キッチンの掃除も含めて40万円と言われてしまいました。高いと思いましたが、ほかの業者をあたる気力もなく、その金額で手を打ちました。
撤去前に兄に「あそこに要るものはないの?」と言うと「今まで要らなかったんだから要らないだろう」と予想だにしないまともすぎるお返事。
何を置いてきたか、ろくに覚えていないだろうに、「全部処分していいよ」とおっしゃるので、逆にわたくしが気になって、物欲丸出しで金目のものがないかどうかチェックしに行ったくらいです。
ゴミ屋敷撤去作業は、男性6人がかりで朝から夕方までかかり、わたくしが埃舞う玄関先で立ち合いました。特にトイレの掃除を担当された方には頭が下がる思い。たったワンルームで40万円は高いと思いましたが、汚れっぷりから考えたら妥当な金額だったのかもしれません。浴槽まで荷物が押し込まれたおぞましい光景は今でも脳裏に焼きついています。
兄は「大家さんが勝手に入ってひっくり返した」と言っていましたが、散らかり方としてはそんな感じで、きっと兄自身が持って行きたい荷物を探してあちこちひっくり返しているうちにメチャクチャになって現実逃避してしまったんだと思います。あくまで想像ですが…。
電気、ガス、水道の契約もそのままだったので、請求書を見つけて電話をして滞納分の振込みをし、電気と水道は部屋の引き渡し日まで復活のお願いをするなど、結構面倒でした。水道局には「支払いに来てください」と言われて…。
あれは残暑厳しい昼下がり、「どんだけ尻ぬぐいさせられるんや」と似非関西弁を炸裂させながら駅から20分の道のりを歩きましたっけ。
ゴミ屋敷アパートもさることながら、前の家の兄の部屋も結構なゴミ部屋でした。埃だらけでも掃除する気配がなく、服は山になりカーテンは閉めっぱなし。空の缶やペットボトル、お菓子やコンビニの袋などが服の間に押し込まれていて、寝る場所以外はものが崖のように積まれていたのです。
母亡き後に、意を決して兄が会社に行っている時間に掃除をしてみると、コンビニ袋に入ったまま開封されずにカビの生えた菓子パンがあちこちから山のように出てきました。その量はスーパーの大袋2つ分ぐらいでしょうか。あれはコバエの温床。
「母の部屋にも食べかけの腐ったパンがいっぱいあったな」と懐古しながら、やはり腹が立ちました。勝手に掃除し始めたのにも関わらず「なんでアタシがせなあかんねん」と…。
そして窓を見ればサッシも結露でカビだらけ。「これじゃ売り物としてダメじゃん」と思いました。
そう、唐突ながら、このころすでに家は売ろうと決意していたのです。
つづく…(次回は10月10日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ