兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第8回 アパートはゴミ屋敷】
若年性認知症の兄と2人暮らしをするライターのツガエマナミコさん。認知症の母の死後、兄の病気が発覚。そんな折、もう何年も前に引き払ったはずの、かつて兄が住んでいたアパート家賃の請求書が届き…。
さまざまなハプニングやその時の心境、そして2人の生活を綴る連載エッセイ。「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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アパート解約手続き
1か月8万円×12か月×5年=ヨンヒャクハチジュウマンエン!!
その金額の大きさもさることながら、5年もの間それを解決しようとせず、住宅ローンと共に払い続けていた兄の脳の壊れ具合に「これは本物だわ」とトドメを刺された気分でした。
もっとも、母の介護に追われ余裕のなかったわたくしには、言い出したくても言い出せなかったのでしょう。兄はわたくしが呆れビックリしている傍で「どうしたらいいのかな」的なキョトン顔をしています。
わたくしはいつもその他人任せな情けない顔に腹が立つのですが、ググッと堪えて「これはすぐに支払ってアパートは解約しよう。すぐ着替えて不動産屋に行こう。そうしよう!」と、そのときできる精いっぱいの冷静な声で言いました。
不動産屋に金額の確認と解約の旨を電話したのはもちろんわたくし。兄に任せていたら電話するまでに何時間もかかってしまうからです。駅までの徒歩20分はほぼ無言でした。わたくし名義の通帳からお金を下ろし、不動産屋で翌月分までの家賃40万円の支払いを済ませ、解約の手続きをしました。
その間の兄は平静を装った愛想笑いと居心地の悪さを漂わせて一部始終を見守るというスタンス。しゃしゃり出る妹に、何も言わない兄…不動産屋はどう思ったことでしょう。
手続きが済み、わたくしの気持ちも少し落ち着きを取り戻し、「ローンと両方じゃ大変だったね」と兄をねぎらいながら、その足で問題のアパートへ向かいました。家から歩いて5分ぐらいのところです。幸い鍵も兄のキーホルダーに付いたままでしたし、わたくしも過去に1~2回行ったことがあるので場所は知っていました。わたくしは来月末までに兄の荷物をどうするか、母の四十九日の法要もあるし、いつまでに何をすべきか…とひたすら考えながら歩いていました。
でも、アパートに着いて鍵を開けた途端、一気にいろんなものが吹っ飛びました。
見えたのは散乱したゴミの山。一瞬「泥棒?」と思うほどメチャクチャでした。玄関から小さなキッチンを通り、扉の向こうがフローリングというワンルームのアパートは足の踏み場もありません。
まさに「ゴミ屋敷」。電気は当然止められていて、スイッチを上げても暗いまま。土足で入らないと何を踏むかわからない中、恐る恐る、奥まで行って窓を開け、しばらく呆然としました。
奇跡的に生ごみはなかったようで、匂いはなかったですが、とてもじゃないけれども手を付けられない惨状。兄は「なんでこんなになっているんだろう」と言いながら、ゴミ山から何かを拾いあげては眺めていました。しまいには「大家さんが入ってかき回したんじゃないかな。でなきゃこんなになるわけないもん」とグチグチ。被害妄想は認知症につきものですからそれが嘘か本当かはどうでもよいのですが、ここで1人暮らしをしていた頃から、すでに症状が出始めていたことは確かでした。
「引っ越しを手伝えばよかった」そんな思いが去来しました。兄のアパートは引っ越した家にとても近かったので、荷物は兄自らがキャリーカートで少しずつ運んでいました。休日には兄の運転で「ニトリ」へ行って、一緒にカラーボックスや布団などを買ったのです。そのとき、さんざん悩んで買い物していた兄に「悩みすぎだろ。優柔不断なヤツ」とじれったく思ったことも思い出されました。
さらに蘇ったのは、引っ越し荷物が身の回りのものしかなく、1~2か月しても兄が休日に家でテレビばかり見ていたので、わたくしが「引っ越し終わり?アパートはもう引き払ったの?」と訊いたこと。
そのとき「ん?まだ」と言うので「手伝おうか?」「いや、だいじょうぶ」といった会話があったのです。根がケチ臭いわたくしは「家賃もったいないじゃん。テレビ見てる場合か」と軽く突っ込みを入れました。でも、それ以上は踏み込まず、3か月、4か月、半年と時が経つ頃には「もうさすがに引き払っているはず」と思い込み、少しも疑いませんでした。
あのときの自分に言いたい。「しつこく確認しろ!コイツ5年放置するぞぉ」と……。
つづく…(次回は10月3日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ