観たい国宝No.1にも。靄と謎に包まれた最高峰水墨画
色は墨の濃淡のみ。描かれるのは松のみ。これが水墨画の最高傑作のひとつとして名高い、長谷川等伯の『松林図屏風』だ。しかしこれだけ名高いにもかかわらず、謎の多い絵でもある。知れば知るほど深みにはまる『松林図屏風』の謎と魅力とは。
いつ、誰のために書かれたのか
2013年に東京国立博物館がWEBサイト上で行った人気投票「あなたが観たい国宝は?」で見事一位に輝いたのは、長谷川等伯の『松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)』だった。長谷川等伯は豊臣秀吉の活躍した桃山時代に、水墨画の名手として活躍し、千利休らとも交流のあった絵師である。等伯50代半ば、まさに絵師としてのピークに描かれたのが、国宝『松林図屏風』だ。
使われた色は墨のみ。描かれたのは松のみ。強いて言えば松と靄(もや)のみだ。離れて観るほど立体的に見えるのは、墨の濃淡で遠近感を出し、奥行きを感じさせているからだ。
松は靄に飲み込まれ、靄からぬっと顔を出す。そこに描かれているのはすべてを飲み込む、日本の湿った空気かもしれないと思えるほどだ。
あまりに有名な名作だが、意外に謎が多いという。そのひとつが、いつ、誰のために描かれたものなのかわからないことだ。
不自然な紙継ぎ
『松林図屏風』は六曲一双の屏風に仕立てられてはいるが、『週刊ニッポンの国宝100』2号「東大寺金剛力士立像・松林図屏風」(小学館)の解説によれば、不規則な紙継ぎの跡が見られるという。右隻の第2扇と第3扇、左隻の第3扇と第4扇の間で紙継ぎがずれているのだ。左隻の紙継ぎを上図のように合わせると、屏風の高さがずれてしまう。そのため襖絵などの下絵を切り貼りして屏風に仕立てたのではないかともいわれているが、真偽のほどはわからない。
また、よーく見ると、左隻の第6扇の左端の中ほどに、ちょこっと松の小枝がのぞいている。これは右隻第1隻に続くもので、要するに左隻と右隻はもともと逆だったのではないか、という説の論拠となっている。謎多き名作なのである。
無造作なのに繊細、荒々しいのにしっとり
『週刊ニッポンの国宝100』2号では『松林図屏風』の一部が原寸で見られる。そこに発見するのは、驚くほどのスピード感に満ちた松の葉の筆致だ。墨をはね散らすように筆を動かしたり、生乾きの墨を擦りつけるように筆を動かしたり、といった技法を駆使したものではといわれている。
しかもこれだけ荒々しいのに、筆の運びの強弱は絶妙にコントロールされており、無造作なのに繊細、荒々しいのにしっとり。相反するものが書き直しのできない水墨画で奇跡的に共存している。しかもこれだけの大画面で。
遠くから見ると茫漠と広がる松林の世界。しかし原寸で見ればエネルギッシュで気迫に満ちた世界。『松林図屏風』はどれだけ見ても飽きることがない。
取材・文/まなナビ編集室 写真協力/小学館
初出:まなナビ