兄がボケました~認知症と介護と老後と「第87回 嬉しいこと、迷うこと、兄のこと」
認知症の兄の介護を長年続けているライターのツガエマナミコさんによるエッセイ。両親亡き後、二人暮らしとなった兄のサポートは、すべてマナミコさんが担っています。お金の管理もしかり。成年後見人になる手続きをして無事に認可されましたが、その責務は思いの外多く戸惑っています。そして、現在は特別養護老人ホームに通う兄の面会もかかさないマナミコさんが思いを綴ってくれました。
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髪をバッサリ切りました
嬉しいことがございました。
わたくしが長年執筆している、とある新聞の連載企画を、とある大御所作家さまが愛読してくださっているとわかりました。ご自身の持つ連載記事でそのことに少し触れてくださって、わたくしは天にも昇る喜びでございました。
わたくしが毎週書いているのは、ご病気を経験された方のインタビュー記事。作家さまが注目しているのは、インタビューさせていただいた方々の生き様や考え方の素晴らしさであって、わたくしの文章力でないことは百も承知しております。でもあの大家に読んでいただいているというだけで明日への力をいただきました。長くやっているとこういうこともあるのだなぁと思い、父母が生きていたら少しは喜んでもらえたのではないかと思ったりもいたしました。
さて、成年後見人の初回報告書作成でございますが、司法書士さまが少しお手伝いしてくださることになりました。ですが、わたくしのイメージでは、司法書士さまなど国家資格の免許でお仕事をされている方々は報酬をお支払しなければ指一本動かしてくれないものと認識しております。今回、おそらく叔母の口添えで「お手伝いしますか?」とあちらから言っていただいたものの、あとから請求書がくるような気がして、どこまで甘えていいのやらわかりかねております。
滞っているのは分割未了の相続財産項目。家庭裁判所に後見人の審査をしていただく際に、司法書士さまが分厚いファイルを作成・提出してくださり、すでにそこに分割未了の相続財産の詳しい資料も織り込み済。なので新たに提出する必要はないと司法書士さまはおっしゃるのですが、家庭裁判所からは分割未了の相続財産項目について明記し、別紙資料を付けるように、と記されているのでございます。
「後見人審査の際に提出済み」と書けるような欄があればいいのですが、それもないので目下、司法書士さまにお伺いを立てているところでございます。
ほかには銀行預金の利子も収入として計上すべきか?とか 銀行から引き落とされる施設の料金の中に含まれている医療費や薬代の領収証は添付不要か?など、判断しかねております。普通の方々はこんなことで迷わないのでしょうか。
これから毎年報告書を家庭裁判所に出さなければなりません。12月には年賀状、3月には確定申告、夏には「ああ、また後見人報告書か」と思うに違いなく、一年が益々短くなる気がして本当に憂鬱でございます。
兄のてんかん発作はひと月に1~2回で今のところ安定しております。先日は、発作の際に自分の爪で顔をひっかいたようで、うっすらキズがありました。でも会うときはいつも穏やかで、CDをかけると小首を揺らす仕草も見られます。
「お兄ちゃん、元気そうでよかった」とわたくしが言うと「よかったね」と言ってくれました。それは久しぶりに聞いた兄の声でございます。「声出ないのかと思ったら、出るね。よかった」と言うとニコニコしてくれました。目を開けていても目線が合わないときがあります。目をつぶっていることも多くなりました。ふくらはぎがわたくしの腕ぐらいしかなく、透き通るような色白で、腕を並べるとわたくしの肌がドス黒く見えます。
今日は、背中まであった長い髪をバッサリ切って面会に行って参りました。磯野家のワカメちゃんぐらい短いワンレングス。「切ったの、どうかな」と短い髪を両手でパラッと持ち上げておどけると、また少し笑ってコクリコクリと頷いてくれました。
じつは毎回スタッフさまに訊こうと思いながらまだ訊けていないことがございます。
「大地震に起こったら施設は、入居者は、兄は……?」
このところ世界的にも地震が多い気がするので、いよいよ訊かなければと思うようになりました。わたくしが無事で元気でも、施設まで歩いて行ける距離ではございません。もしものとき施設はどう対処するのか。逆にわたくしに最悪のことがあれば兄はどうなるのかも気になるところ。来週こそは伺ってみようと思います。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性63才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所
