寝ないと認知症になる?その因果関係と“睡眠”の役割を脳神経外科医が解説する
だが、本当にそうだろうか?
「睡眠中は脳も休んでいる」と言われるが、覚醒中も睡眠中も、脳は24時間フル稼働している可能性がある。
睡眠中は「誰もいなくなった暗いオフィス」ではない。ギラギラと輝き、煌々と電気を光らせている「不夜城」ならぬ「不夜脳」というイメージだ。
24時間営業のコンビニエンスストアのように、脳は眠らない。眠らないけれど、いつもピカピカに掃除が行き届き、棚の在庫も補充されている。
これは脳神経外科医として日々、大勢の人の脳と向き合い、ときに実際に手で触れ、何百という脳の画像や脳波を見てきた経験を通じた「実感」でもある。
掃除は「寝ながら」しなくていい
「不夜脳」という僕のイメージのヒントとなった一つは、睡眠の役割とされる3つめの「老廃物の除去」だ。
「眠っている間に、脳の中の老廃物が排出される」
拙著『不夜脳 脳がほしがる本当の休息』の2章で詳しく述べているが、これは「グリンパティックシステム」という。
脳細胞の間にあるゴミ─アミロイドβや死んだ脳細胞などが、「睡眠中に脳脊髄液でザザーッと洗い流されていく」という、比較的新しくて注目されている説だ。
アミロイドβといえば、アルツハイマー型認知症の原因物質とされている。
「寝ている間に原因物質が洗い流される! ってことは寝ないと認知症になる?」
という解釈で、一躍、脚光を浴びた。
だが、「寝ている間に掃除が行われている」ことと、「掃除には寝ることが必要」であることは全くの別問題だ。掃除は掃除で必要だが、覚醒しながら掃除したほうがいいに決まっている。
そんなわけにはいかない、と思うかもしれない。しかし、実際に、大抵の人は消化管の老廃物の排出を、起きているとき、つまり「覚醒中」にしている。
小学生にわかるように言うなら、「うんこやおしっこは、起きているときにする」となる。「いいや、自分は寝ているときのほうが活発に排泄している」という方はいらっしゃるだろうか?
脳の老廃物だけ、寝ているときに排出しなければならない理由がない。起きたまま老廃物を除去するシステムを進化させたほうが、生存確率は格段に高まったはずだ。
認知症と睡眠不足の「都市伝説」
睡眠中にアミロイドβが洗い流されることから、「睡眠不足は認知症の原因になる」という説が広く信じられるようになった。
「眠りが足りないと、認知症になってしまう!」
ただでさえ眠りが浅くなる高齢者や、多忙で慢性的に睡眠不足のビジネスパーソンが不安になるのも無理はない。
僕はクリニックの外来などで、アルツハイマー病などの認知症の診療にも携わる。
「先生、もしかして私、アルツハイマーでは!?」
「忙しくて睡眠不足です。将来、認知症になるのでは?」
「寝ていないので、若年性認知症が心配です」
このように訴える患者さんにも多く接してきた。
睡眠不足により認知症になる、と考えている医師も多いと思う。なぜなら、裏付けとなるエビデンスも多く、比較的有名な複数のジャーナルに「アルツハイマー型認知症の患者は、若い頃に睡眠時間が少ない」という研究結果が発表されているからだ。
しかし、これらの多くは因果関係を示した研究ではない。「睡眠不足→認知症」という因果関係を示すのは、実はとても難しい。自己申告などで眠りを報告してもらってデータをとるだけではなく、専門家による「介入研究」が必要だ。
「介入研究」を簡単にいうと、研究者の指導のもと、ランダムに選んだ人たちを2つのグループに分け、Aグループはあえて毎日「不足した睡眠」を、Bグループは毎日きっちり「平均時間の睡眠」をとってもらう。これを一定期間、観察しなければならないから、人間の睡眠のデータ採取自体が物理的にかなり困難である。
さらに認知症についても細密にデータをとらなければならないが、発症時期はまちまちで他の要因も混ざるだろう。長期的な研究になることも予想される。だから、「ああ、Aグループの睡眠不足の人たちのうち、△人もの人が認知症になった!」と証明するのは、不可能といっていい。
これが睡眠と認知症の因果関係の証明の難しさにつながっている。