高血圧対策に注目の「尿ナトカリ比」とは? “減塩信仰”に変わる指標「ナトリウム・カリウム単独でなく、両者のバランスを見ることが重要」と識者
血圧を下げるためには「減塩」が重要とされてきたが、欧米で広がりつつある「尿ナトカリ比」という指標が高血圧対策の鍵だと専門家は言う。日本でも今後注目される可能性がある指標について解説する。
教えてくれた人
室井一辰さん/医療経済ジャーナリスト、渡辺尚彦さん/“ミスター血圧”の異名を持つ医師・日本歯科大学内科客員教授
高血圧診療のガイドラインが改訂
従来の高血圧治療を根底から変える指標が欧米を中心に拡大している。それが、「尿ナトカリ比」(以下、ナトカリ比)である。
ナトカリ比とは、尿に含まれるナトリウム(塩分)とカリウムの比率を指す言葉で、尿中のナトリウム濃度をカリウム濃度で割って算出される。このナトカリ比を下げることで、血圧も下がることがわかってきたのだ。
ナトリウムの過剰摂取が血圧の上昇を招く一方、カリウムは体内の余分なナトリウムを排出する作用を持つことが広く知られている。だが、高血圧患者でもナトカリ比を知る人は少ないのではないか。
医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが言う。
「日本では高血圧対策としてナトリウム摂取量を減らす“減塩”を優先してきましたが、欧米では1990年代からナトカリ比の改善を重視し、大規模な疫学調査やガイドライン策定を行なってきました。昨年8月に欧州心臓病学会が6年ぶりに高血圧診療ガイドラインを改訂した際は、『慢性腎臓病がなくナトリウム摂取が多い高血圧の人』に『カリウム摂取を1日0.5(500mg)〜1g(1000mg)増やすことを推奨』するとの記述を追加しました」
こうした動きを受けて、昨年10月に日本高血圧学会もナトカリ比の「目標値」を初めて発表。同学会は、腎臓病などの持病がない、健康な人の実現可能な目標値を「4未満」と定めた。
なぜ日本の高血圧対策はこれまで「ナトカリ比」の改善に着目してこなかったのか。
「日本人の1日の平均塩分摂取量は約10gと、欧米と比べて高い現状があり、WHOの推奨する『1日5g未満』の2倍の数値になっています。これが過度な“減塩信仰”につながった面は否めません。塩分摂取を減らす、という点に注力するあまり、ナトリウムの排出につながるカリウムの積極的な摂取や、ナトリウムに対するカリウムの割合に注目する動きが遅れてしまったのです。加えて、国民皆保険制度のもと薬に頼る構造があったことも要因のひとつでしょう」(室井さん)
高血圧患者には減塩指導と降圧剤の処方がセットとなり、ナトカリ比に目を向けてこなかったというのだ。
高血圧治療の名医で、“ミスター血圧”の異名を持つ日本歯科大学内科客員教授の渡辺尚彦医師もこう言う。
「ナトリウムとカリウムの相反する働きが血圧変動に影響することは医学界では知られていましたが、日本の高血圧対策といえば減塩が第一で、それをサポートする意味で『カリウムの多い野菜などの摂取』が推奨される程度でした。
しかし、ここ10年ほどの疫学研究で、ナトカリ比が高いほど高血圧や心血管疾患のリスクが高いことを示す質の高い論文が権威ある医学誌に相次いで掲載されるようになりました。『ナトリウム・カリウム単独でなく、両者のバランスを見ることが重要だ』という世界的な知見が集積した結果、日本高血圧学会もナトカリ比の目標値などを公表したのでしょう」
とはいえ、日本も無関心だったわけではないと室井さんは言う。
「2016年には英医学誌『BMJ』に日本の研究グループの論文が掲載されています。日本人8283人を24年間追跡した大規模調査の結果、ナトカリ比が最も高いグループは、最も低いグループに比べて脳卒中死亡リスクが1.39倍、心血管疾患死亡リスクが1.47倍上昇したと報告されました」
また、東北大が2017年からの3年間、宮城県登米市で実施した研究では、市の健康診断でナトカリ比を測定し啓発活動を行なった結果、市民の収縮期血圧(上の血圧)の平均が男性で3.4mmHg低下したという。
室井さんが続ける。
「2025年内に予定されている高血圧学会のガイドライン改訂でナトカリ比が注目されれば、日本人の高血圧予防や対策の大きな武器になるかもしれません」
※週刊ポスト2025年4月11日号
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