倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.67「苦しむ夫を見るのが怖い」
漫画家で倉田真由美さんの夫、叶井俊太郎さんは、闘病中に一貫して言っていたのが「死ぬことよりも痛いのは嫌」ということだった。家で最期を迎えることを選択した理由ともなった、2023年秋の入院中のこと。叶井さんを激しい痛みが襲い――。その時、妻の想いとは。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。新著『抗がん剤を使わなかった夫』(古書みつけ)が発売中。
入院中の夫から電話が
「痛くて痛くて耐えられない」
胆管のステント交換手術がうまくいかず、とてつもない痛みに襲われた夫から電話があったのは、23年9月上旬。8月末からの入院で、「これが成功すれば家に帰れる」という最後の手術の後でした。
「飛び降りて自殺するために、今10階に向かってる」
仰天しましたが、自宅にいる私には何もできません。
「痛み止め入れてもらおう」
私は言いましたが、そもそも痛み止めはとっくに入れてもらっています。少し前に「かなり強い痛み止めを入れてもらった」と話していたくらいです。でも痛み止めは、痛みがすっかりなくなるわけでも、効果がずっと継続するわけでもありません。
電話越しに、看護師さんとやりとりしているのがわかりましたが何を話しているのか詳細は聞き取れませんでした。でも、なんとか夫を落ち着かせようと頑張ってくれているのは伝わりました。
そうこうしているうちに電話は切れていました。
その後いくら電話をかけても通じません。LINEも未読のまま。ヤキモキしていると、21時頃に病院から電話がありました。病院からの電話は毎回どきっとします。
引き裂かれた感情
「今の叶井さんは痛みが辛くて強い希死念慮があります。ご家族がいつ来てもいいように許可をもらいました」
しかも、病室に監視用にカメラを設置するとも。痛みに追い立てられる夫を想うと、すぐにでも行ってやりたい気持ちになりました。でも同時に、苦しむ夫を見るのが怖い気持ちもありました。
看病には、こういう引き裂かれた感情とのせめぎ合いがしばしば起きます。
夫に常に優しくしてやりたい。でもイライラしてしまうこともある。強い口調で責めてしまう時がある。ずっと夫のそばにいたいのに、「この場から逃れたい」と感じる瞬間がある。
振り返ると、千千に乱れる気持ちを行ったり来たりしていたなと思います。
「この日にいなくなってしまう」と分かっていれば、もしかしたらもっともっと悔いのない看病ができたのかもしれません。でも、実際には「昨日と同じような今日、今日と同じような明日」の連続で、パートナーが末期がんの病人であっても、それすら「日常」になります。日常である以上、100%夫のためだけに動くことはなかなかできなくて、でもそんな自分に自分で腹を立てることもありました。
すぐ病院に行ってあげたいけど怖い、そんな思いでいたところに夫から電話がかかってきました。
「今から行こうか」
「いや、ココ(娘)が一人になっちゃうから来ないで」
夫がこう言ってくれたことに、心配だけど少しホッとする自分がいました。今すぐに死にたいと思うほど痛がる夫を直視し、そしてその痛みをとってやれないことは想像するだけで苦しいことでした。
痛みは少しだけ落ち着いた、と夫は言いました。あとは、失敗を取り返す再手術をしてもらうだけです。
(つづく)