猫が母になつきません 第424話「母の服」
人が亡くなったあと、その人の持ち物が大量に残される。世界では1秒間に約1.8人が亡くなってるそうです。1日にすると16万人。残された膨大な量の物たちはどうなっているんでしょう。
母が亡くなったのと実家の引越しの日が近くて結局母の持ち物はすべて引越し先に持ってきました。
母が施設に入ることになった時、おしゃれ好きな母のために洋服をたくさん新調しました。施設では洗濯もお願いするので、洗濯機にかけても大丈夫とか、しわになりにくいとか、洋服選びには少し工夫がいりました。お名前シールも貼るし。骨折してからはほとんどパジャマでしたが、おむつもするようになり普通のパジャマよりもズボンのほうだけ大きいサイズになっているものを買いました。施設を移るときには「つなぎパジャマ」というものを用意するように言われ、洗濯のことも考えて多めに買いました。「つなぎパジャマ」は《おむついじり》をしないように自分で脱ぐことができないパジャマです。上下がつながっていて開閉はファスナー、そして自分ではファスナーを開けられないしくみになっています。つなぎパジャマをいろいろ探しましたが、素材は限られていて肌触りもいいとは言えないし冬は寒そう、何度も洗濯して生地を柔らかくしたり、足首を締め付けるゴムを取ったり、形も母に合うように変える必要がありました。幸いこれは最初こそ着ましたがすぐに「必要なさそう」ということで普通のパジャマに戻すことができました。
下着や靴下も含め、家を出たあと母の状態に合わせて必要になる服も変わっていき、ほんとうにたくさんの衣類を買いましたが、使われないまま残されたものがたくさんありました。母が亡くなったあと、新品同様のものも一度も着ていないものも、ほとんどやけくそみたいにゴミ袋にぶちこんだ記憶はあるのですが、後で冷静になって考えてみると周りに同年代の友人のお母様とかたくさんいらっしゃるのだから、差し上げられるものもあったのにな、と反省しました。
ただ、実際はもらっていただこうと思っていた友人のお母様も亡くなったり、お渡ししてみたもののサイズが合わなかったりとかいろいろあるのですが。「新品でも死んだ人のものなんて嫌かな」とか、「好みに合わないかもな」とか、こちらもそういう思いがあるし、先方も言いにくいでしょうし、心情的に微妙な問題もありますね。
ずっと手放せないだろうと思うのは、母が着物をほどいて作ったお気に入りのワンピースとか、私が東京にいるときに代官山のおしゃれなお店で買ってあげたスカートとか…それらは再現フィルムとなって私の脳裏にそれを着ていたときの元気な母の姿を映してくれるのです。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母と暮らすため地元に帰る。ゴミ屋敷を片付け、野良の母猫に託された猫二匹(わび♀、さび♀)も一緒に暮らしていたが、帰って12年目に母が亡くなる。猫も今はさびだけ。実家を売却後60年近く前に建てられた海が見える平屋に引越し、草ボーボーの庭を楽園に変えようと奮闘中(←賃貸なので制限あり)。