兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第236回 認知症状には波があります】
ライターのツガエマナミコさんは、兄と2人暮らしです。症状が進んでいる若年性認知症の兄の様子には日々変化があるため、そのサポートには、難儀することも多く、マナミコさんの気苦労が絶えません。
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言葉の代わりにジェスチャーで
お買い物の行き帰りに、しばしば老犬のお散歩を見かけるのですが、先日はついに車のついた補助具を付けられて歩いていました。だいぶ足腰が弱って、自分の足では体重が支えきれなくなったのでしょう。ギリギリ足が付くくらいにベルトで支えられ、うなだれた首でひたすらに足を前に出す老犬を見て、なんとも言えない気持ちになりました。「本当はそこまでして歩きたくないかもしれない」と思うと可哀想になりますし、「ご主人の喜ぶ顔をみるために頑張っているのかな」と思うと一層せつない。どこか人間にも重なる気がしてため息が出ました。
我が兄も歩行がだんだん怪しくなってきておりまして、段差はよほど気を付けなければいけません。マンションでは2階だというのにエレベーターを使うようになりました。
パンツ類をはくときも、自分でパンツを持って片足を上げるとふらつくので、兄には壁につかまってもらい、わたくしがひざまずいてパンツに兄の足を通しております。脱ぐときも同様です。必然的に頭上には兄の股間がありまして、いつか頭の上でお尿さまされるのではないか?とヒヤヒヤしております。
何をやるかわからないコントロール不能なときと、割と聞き分けがよく少し安心できる日がございます。
「スプーンで食べよう」と言っても手づかみする日もあれば、自らお箸を選んで食べ出すときもあります。何度起こしても起きてこない日もあれば、すんなり起きて来る日もございます。「もう寝る時間だよ」と何度誘導しても部屋に入らない日と何も言わないのに自分の部屋に行って寝る日、衣服の着脱をまるでできない日と見守る程度でなんとかできる日など、そのときどきによって一定ではありません。
奇跡的な確率ながら尿失禁がまったくない日もございます。そんな日は「おかしい。そんなはずはない。どっかにあるでしょ」と物陰をチェックしてしまいます。わたくしがお風呂に入っている間にやらかしていることがあるので、お風呂上りのお尿さま掃除も珍しくございません。
めっきり言葉が出なくなったので、意思疎通はもっぱらジェスチャーゲームでございます。「チョ」と言いながらお酒を飲むような手をするので「何か飲みたいの?」と察して「お茶でいい?」と訊くとウンウンとうなずくので、お茶を淹れるけれど、一口飲んで終わりです。本当に何か飲みたかったのかどうかもわかりません。何かアクションすると察して相手が動くことを試しているだけかもしれません。そうかと思えば、わたくしが兄のシーツを干していると「おつかれさん」とはっきり言葉をかけてくれたりもいたします。「ほんと疲れるんですけど」と聞こえないようにつぶやいてストレス発散しておりますが…。
年末に、認知症の新薬「レカネマブ」が日本でも発売されるようになりました。公的医療保険の対象となり、日本でいよいよレカネマブでの治療が始まるのでございます。今後数年は人数を限定し、しっかり経過観察して効果と副作用を慎重にみていくとのことでございます。
この薬の話が出始めた頃は、「軽度認知症が対象だから兄には関係ないな」と思い、他人事のようでしたが、よく考えれば、これから認知症になりうるわたくしにこそ関係があると気づき、少々戸惑いました。近い将来「レカネマブを使ってみますか?」と言われたときにはどうするか…。2週間に1度の点滴を原則1年半(※1)。それをしても確実に認知症の進行を抑えられるかどうかは分からない。脳への副作用も心配でございます。
※厚生労働省資料https://www.mhlw.go.jp/content/001189999.pdf参照
そう思う一方で、そんなネガティブキャンペンばっかり言ってちゃ、何も前に進まなんだという気持ちもございます。いや~、わたくしがレカネマブを使う日は来るのでしょうか。あまり考えたくありませんけれども……。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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