兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第227回 マナミコ、救急車に乗る】
若年性認知症を患う65才の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんは、兄の施設入居を決意、お試しのショートステイを経て、特別養護老人ホームに入所申し込みをしました。待機者も多い中、入所の優先順位は低いに違いないと思っていたら、早々に施設から「受入れをするつもり」と連絡があったのです。ついに、兄は施設に入所できるのか!? そんな中、マナミコさんの身に大きな変化が起こったのです。
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施設から連絡がありません
さぁ、兄のお尿さま対策として張り巡らした犬用オシッコシートをすべて取り外し、兄がトイレ代わりに使っていたポリバケツを全部処分し、兄が汚した布団も粗大ごみに出し、この家を介護色のないツガエ一人暮らし仕様に模様替えいたしまする~!
と、早くもわたくしの心は兄が入所した後の未来に飛んでおります。が、兄はまだ家におり、入所の日取りどころか入所前に必要な面談日も決まっておりません。「こちらは入所の方向で考えています。後日、面談の日をご相談させてください」とお電話をいただいてから早3週間弱。なんの音沙汰もございません。
お電話をいただいたときには、こんなにトントン拍子に話が進んでいいのか…と戸惑っていたにも関わらず、今や「何やってるんだろう。早く連絡こないかな」とヤキモキしている自分がおります。
兄は1日中テレビの前に座っており、居眠りをしたり、拍手をしたり、ときどきウロウロと歩き、ストーカーのようにわたくしの部屋の入口に無言で仁王立ちしたりいたします。目が合ったときは「トイレですか? トイレはこちらですよ~」といちいちご案内しておりますが、実際に用をお足しになるのは5回に1回ぐらいでございます。
さすがにもう言い飽きました。こちらは言い過ぎて滑稽なくらい言っているのに、兄は未だにトイレの場所を知りません。症状が少しずつ進行しているので、最近は「トイレどこ?」から「トイレある?」に変化してきたところでございます。
先日の朝は、兄の部屋に行ってみると、テレビがビショビショでした。兄の部屋にあるテレビはずいぶん前からインテリアと化しており、コンセントも外してあります。何かに当たって倒れないようにあらかじめ伏せて置いてあったのですが、そこをめがけてお尿さまをしたようで、機械内部にたっぷり液体が溜まっておりました。
テレビ台にも、その下にあったビデオデッキにもしたたり、見るも無残な光景。ただ、それらは兄の所有物なのでまったく腹が立ちませんし、兄が施設に入ったら処分しようと密かにニンマリしたくらいでございます。
そんな介護生活の中、わたくし、人生で初めて「119番」を押し、救急車を呼んでしまいました。兄ではなく、わたくしが救急車に乗ったのでございます。
先日、取材先からの帰り、どうにも歩けないくらい頭がフワフワ状態になってしまったのです。取材している最中からちょっとおかしかったのですが、取材が終わり、取材対象者とお別れをし、お店をあとにしたあとも、一向に良くなる気配がなく、しばらく地ベタに座り込むありさま。地面がゆっくり動いているように見え、そのうちに遠くから吐気もやってきました。家までは1時間半かかる場所。「これは帰れないのでは?」と思い、ふと救急車を思い浮かべました。
イヤイヤ、こんな程度で救急車のお世話になってはいけないと、吐き気が少し落ち着くまで待って、ソロリソロリ立ち上がり、歩いては休み、途中公衆トイレで嘔吐するなどしながらバスと電車で自宅最寄り駅まで帰ってきたのでございます。「もう少し」なのに歩き出すと猛烈な吐き気。でも、えづいてももう出る物がありませんでした。
家まで徒歩20分の道のりをタクシーで帰ろうと待ったのですが、まるで来ないので、駅の交番に助けを求めました。「すみません、具合が悪いので少し座らせていただいてもいいですか?」と。すると「いや、ここは長く座れる場所じゃないので(困ります)」とやんわり拒否され、続けて「救急車呼んだ方がいいんじゃないですか?」と言われました。「ごもっとも」なご意見でございました。職務質問を受けつつ「どうします?」と答えを迫られ、迷った末に自分の携帯で交番から「119番」いたしました。
結局、何でもなかったので、たいへん人騒がせで大迷惑なお恥ずかしいお話なのですが、外で突然こんなに具合が悪くなったことは生まれて初めてだったので、救急車のありがたさを実感いたしました。次回はこの続きをお伝えいたします。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ