暮らし

認知症保険 入るなら生損保の壁取り払った一体型が得か

 予備群も含めれば日本に800万人いるといわれる認知症。高齢化に伴いその数は増え続ける上に、根治する方法は見つかっていない。介護する家族にも大きな負担がかかる。そうした中で、日本初の「認知症保険」が発売されるという。

保険プラン・電卓

 団塊の世代が75歳以上になる9年後には、高齢者の5人に1人は認知症患者になっているという、「2025年問題」が懸念され、各業界がその問題に向き合うとともに商機を探っている。

 生活マネー相談室代表・八ツ井慶子氏はこういう。

「これからは保険業界にも認知症を意識した商品開発が求められるのではないかと考えています」

 そうしたなかで、太陽生命が業界初となる「認知症保険」を発売すると報じられた。

 介護保険じゃ足りない

 朝日新聞1月23日付朝刊は次のように伝えている。

〈認知症になると給付金が出る保険を、太陽生命保険が3月にも発売する〉

 太陽生命の広報担当者は「発売予定ではあるが、詳細は未定」と答えるのみだったが、同社関係者からは「加入者が認知症の診断を受け、一定期間同じ症状が続いた場合、家族が一時金を受け取れる仕組みを検討している」との声が聞こえてきた。

「認知症とカネ」は多くの日本人が今後避けて通れなくなる大問題だ。介護ジャーナリスト・太田差惠子氏の指摘。

「認知症になった家族を病院に連れて行くとなれば、電車やバスでは難しく、タクシーや自家用車を使わなければならなくなる。独居の場合は見守りのために家族が通うことも必要になってくる。交通費はかさむうえに、ヘルパー代なども公的介護保険だけではカバーしきれない部分が出てくるでしょう」

 介護のために家族が仕事を休んだり、辞めたりしなくてはならないケースも想定される。経済ジャーナリスト・荻原博子氏がいう。

「厚生労働省の研究班と慶大医学部が共同で発表した『認知症の社会的費用と推計』(2015年5月発表)によれば、認知症患者を抱える家族は、本来仕事に充てられる時間を介護に使うことで、年間382万円を損していると推計されています」

 問題は他にもある。

 認知症患者が事故などを起こした時に、家族が被害者から損害賠償を求められる場合がある。

 2007年に愛知県で91歳の男性が徘徊の末、線路内で列車にはねられ死亡する事故が起きた。鉄道会社側は妻ら遺族に、列車遅延の損害720万円を請求する訴えを起こした。一、二審は目を離した家族に過失があるとして、賠償を命じている(双方が上告中)。認知症患者の暴走運転や火の不始末など、家族は賠償リスクとも隣り合わせなのだ。

 現在、認知症介護の負担を軽減する保険としては、公的介護保険、民間の保険会社の介護保険がある。

 公的介護保険では認定された要介護度に応じて、ヘルパーによる訪問介護などのサービス給付を原則1割負担で受けられる。民間の介護保険は要介護度などに応じて一時金や毎月の現金給付などが受けられる。ただし、「初期の認知症は要介護度が軽く認定されがちで、家族としては心許ない部分も多い」(ベテランケアマネージャー)とされる。

 しかも介護保険では賠償リスクはカバーされない。

「加入者本人だけでなく配偶者や同居家族が賠償を求められたケースを補償対象にしているのは自動車保険や火災保険の特約としての『個人賠償責任保険』くらいです」(前出・八ツ井氏)

 生損保の“タテ割り”が問題

 では、どのような認知症保険なら加入者にとって「得」といえるのか。

 医療保険では保険料を月々支払い、発症した際には「現金給付」が受けられるタイプが多い。太陽生命もそうした方向性を検討しているとみられるが、前出・荻原氏は首を傾げる。

「認知症でコストがかかるのは確かです。一時金に比べれば生涯給付を受けられる年金型のほうがいいが、単純な現金給付にそれほどの意味があるかは疑問です。たとえば毎月10万円の給付があれば家計は大きく助かりますが、恐らく40歳から65歳まで毎月2万~3万円といった高額な保険料支払いが必要になる。そんな保険なら、自分で貯蓄したほうが認知症以外の問題が起きた時に取り崩せていい。

 仮に宅配食や家事代行、専門の介護士の定期訪問などのサービス給付が受けられる保険なら、公的介護保険を補完するものとして意味があるかもしれません」

 前出・八ツ井氏は「今後は賠償リスクもカバーできる認知症保険が求められる」と指摘する。

「賠償リスクに対応する個人賠償責任保険は、基本的に自動車保険などの損害保険の特約ばかりです。現金給付は生保の商品、個人賠償責任保険は損保の商品という壁があるのです。生損保の壁を取り払った一体型の認知症保険なら、社会的に大きな意味がある。年に1000~2000円の追加負担で上限1億円までの補償をつけるといった設計は十分可能なはずです」

 ただ、加入者の役に立つ「得な認知症保険」の運用は容易ではない。

「仮に親が加入していた場合に、子供はそれをどうやって知るのか。親がどんな医療保険に加入しているか子供が知らないケースは多い。認知症を発症してからでは子供に伝えることが難しいかもしれない。

 また、認知症だと発症時に本人告知しないケースが少なからずあります。保険会社への申告や手続きなど、仕組みづくりが難しい」(前出・太田氏)

 新しい保険によって社会全体でリスクを共有できれば望ましいが、実現はしばらく先か。

※週刊ポスト2016年2月12日号

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