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『silent』に夢中の若い世代に伝えたい『愛していると言ってくれ』の純愛は全速力だった

「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。懐かしさに駆られて観直すと、意外な発見することがあります。今月はドラマ、映画、音楽に詳しいライターの大山くまおさんが、『愛していると言ってくれ』(1995年 TBS系/paraviなどで配信中)を鑑賞。この秋大ヒットした『silent』(フジテレビ)とも通じる感動大作の魅力に迫ります。

90年代の大ヒット

 秋ドラマで大きな話題となったのが、川口春奈、目黒蓮主演のドラマ『silent』。中途失聴者の青年と彼を思う女性が再会し、徐々に距離を縮めていく様子を繊細な演出と巧みな脚本で描いた恋愛ストーリーだ。

『silent』の爆発的な反響について見聞きするたびに、40代、50代の読者ならいつも思い出すドラマがあったんじゃないだろうか。ひょっとしたら『silent』に夢中の若い世代に「昔はこんなドラマがあってね……」と話した人もいるかもしれない。それが1995年に放送された豊川悦司、常盤貴子主演の『愛していると言ってくれ』(TBS)だ。

 豊川悦司演じる聴力を失った画家と、常盤貴子演じる女優を目指す劇団員が偶然出会って恋に落ち、さまざまな障害を乗り越えていくという純愛を描く。なんと平均視聴率が21.3%、最高視聴率は28.1%! 主題歌のDREAMS COME TRUE「LOVE LOVE LOVE」は250万枚売り上げるスーパーヒットとなった。

「鉄板」恋愛ドラマ

 もともと障害を持つ男女の恋愛を描いたドラマや映画は多く、枚挙に暇がない。昭和30年代に大ヒットした映画『名もなく貧しく美しく』は耳の聴こえない夫婦が愛情をあたためる話だし、戦前に作られたチャップリンの映画『街の灯』も盲目の少女と浮浪者の恋を描いた物語だ。

 ドラマでは、耳と口が不自由な主人公が登場する『星の金貨』(95年/日本テレビ)などがある。なかでも、聴力を失った女子大生・柴咲コウと平凡な大学生・妻夫木聡の恋愛を描いた『オレンジデイズ』(04年/TBS)は大ヒットした。こちらも『愛していると言ってくれ』と同じく北川悦吏子が脚本を書いている。

 障害そのものが愛する二人を分け隔て、さらに周囲からの偏見などが二人に立ちはだかる。二人はなんとか障害を乗り越えようとするし、見ている側は思わず感情移入して二人を応援したくなる。観終わった後は、きっと優しい気分になっているはずだ。だから、障害を持つ男女の恋愛は映画やドラマのテーマになりやすいのだろう。

実は激しい恋愛

『愛していると言ってくれ』は、障害を持つ男女の恋愛を描いた作品の中でも、特に「激しさ」を持った作品だ。『silent』が「優しい恋愛」なら、こちらは間違いなく「激しい恋愛」だ。以前、本作について「繊細な恋愛」を描いていると評しているレビューを読んだことがあるが、実はこれほどまでに「ダイナミックな恋愛」を描いている作品は少ない気がする。

 まず、特徴的なのが、常盤貴子演じる水野紘子という登場人物のキャラクターである。とにかく思い立ったら一直線。直情径行でまっすぐ行動する。相手を好きになったら、全速力で走って相手のいるところに押しかけていく。無邪気でデリカシーがなくて嫉妬深い。強烈なドジっ子でもある。今の価値観で見ると「奇人」「サイコパス」に映るかもしれないが、常盤貴子のフレッシュさと上手くマッチして、とても魅力的なヒロインになっている(人によってはまったく受け入れられない思う)。

 一方で、豊川悦司演じる榊晃次は、とにかくカッコいい。この一言に尽きる。ヨレヨレの白シャツを第2ボタンまで開けて、手ぶらで立っているだけでいい。こんなに手ぶらがサマになる俳優はなかなかいない。複雑な内面を持ち、耳が聞こえなくなったことで、人の悪意、敵意、同情などが敏感にわかるようになったが、紘子が他の男といても軽く微笑んでスルーすることができる。榊晃次は完成された大人の男である。

 何かといつも走ったり転んだりして全身で感情を表現する紘子と、ほんの少しの表情の変化で感情を伝える晃次。序盤はこのコントラストが心地良い。しかし、中盤、終盤にかけては、晃次が走ることが増えてくる。大人の男の晃次がだんだん紘子に感化されていくのだ。

ファックスが重要ツール

『silent』では、登場人物のコミュニケーションツールとしてスマホやLINE、音声認識アプリなどが使われたが、『愛していると言ってくれ』で一番重要なコミュニケーションツールはファックスだ。

 紘子はコンビニに駆け込んでファックスを送るし、電器店で大枚叩いて購入するのもファックスだ。二人が結ばれた後、無邪気に何度も他愛のないことをファックスでやり取りする様子が微笑ましい。時には紙を10枚ほどつなげたファックスを送ることもある。長文のLINEはちょっと怖いが、ファックスなら平気。

 だが、やはりファックスだけでは限界がある。だから、どうしても二人の間にすれ違いが生まれる。なにせ紘子は思い込みやすい性格だから、まわりの人たちを巻き込んで大騒動になる。感情の行き違いは、物理的なすれ違いに直結するし、出ていってしまった相手に連絡を取る方法はない。走って追いかけるしかないのだ。

閉塞感を打ち破る

 紘子も晃次も、いつも全力で走っている。時には走っている相手に物を投げつけて止めることもある。走るのはすれ違いのときだけじゃない。「君に会いたい」とファックスでメッセージが来たら、すぐさま家を出て走っていく。障害があっても、周囲の無理解や偏見があっても、当人同士のすれ違いがあっても、全力でなんとかしようと部屋を飛び出していくダイナミズムが、恋愛のエネルギーになって発散している。

『愛していると言ってくれ』は20年に地上波で再放送されたことがあった。コロナ禍で新作ドラマの制作が止まってしまい、空いた時間を埋めるために過去の名作を集中的に再放送するという試みだった。そんな中、本作は爆発的な反響を巻き起こし、豊川悦司と常盤貴子が出演した「25年ぶりのリモート同窓会」という番組まで制作された。

 二人の純愛が視聴者の心に突き刺さったのは間違いないと思うが、なにより二人の「何かあったら走る」というダイナミックさが、一歩も外を出歩けないような閉塞感を打ち破ってくれたんじゃないだろうか。スマホやSNSは便利だが、やっぱり外に出なければ何も起こらないし、何かあったらじっとメッセージアプリの文面を考えるより、相手の部屋まで走っていったほうがいい(よくないか?)。日常生活が無味乾燥に感じたら、このドラマを観てエネルギーを分けてもらうのもいいんじゃないだろうか。

文/大山くまお(おおやま・くまお)

ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。

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