兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第172回 「にぃさんぽ」悪夢再び その2】
若年性認知症を患う兄が、ある朝、家から忽然と姿を消した!半年前にも行方がわからなくなったことがある兄。同居する妹のツガエマナミコさんは、前の晩の兄とのやり取りを思い出し、自分の態度を悔やみます…。兄を探しつつ、各所に連絡、そして交番に向かったマナミコさんでした。
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雨がザーザー降る中、兄は一晩帰ってきませんでした
(※すでに無事に帰ってきて、元気にデイケアも行きましたのでご心配なく)
(※「にぃさんぽ」は「兄さんのひとり散歩」の略byツガエ)
交番に行きがてら、「いるわけないな」と思いつつ、シャッターの降りたデイケアや最寄り駅、開店前のスーパー、中学校周辺を歩いてみました。でも静かな日曜日の風景があるだけで兄の姿はありません。
朝8時半、交番で事情を話し、2度目であることやその時はどこで発見されたかを説明して捜索願を出しました。服装や所持金、行き先の心当たりを何度も聞かれるくだりは半年前とまったく同じでした。交番勤務のおまわりさまの顔ぶれも変わって、決して「ああ、半年前の」とはならならず、初めての鮮度でのご対応でございました。
そうこうしている間に、巡回中のバイクが呼び戻され、所轄の警察署から私服警察官を乗せたパトカーが到着しました。交番はわたくしの兄のことであっという間に5~6人の警察官さまであふれました。
その時です、ちびまる子ちゃんに出てくる友蔵さまそっくりの老人と中年女性が交番にやってきて口論をはじめたのです。お二人は赤の他人らしく、女性は友蔵さま(仮)が自転車を毎回倒していると主張し、友蔵さま(仮)は女性が勝手にマンション敷地内に自転車を止めるからだと抗議して譲らない。わたくしは「交番も大変だな」としばらく決着するのを待ちました。
でも水掛け論が延々つづいて捜索願どころではなくなったので、「じゃ、車でお話しを聞かせてください」となりまして、ひょんなことから人生で初めてパトカーに乗りました。
半年前と同じ項目を根掘り葉掘り聞かれ、自宅訪問があり本当にいないことを確かめてお帰りになったのは10時近くだったでしょうか。
ケアマネさまに捜索願を出したことをご報告したら、もう何もやることがございません。親戚に電話しても心配をさせるだけですし、デイケアセンターもお休み。警察におまかせするしかございません。
落ち着かない気持ちを押し殺し、2~3日前の取材テープを文字起こしして、原稿を書き始めました。いつしかお昼をとっくにすぎ、日差しがあったはずの外の景色がどんより暗く今にも雨が降りそうになっておりました。急に寒くなった秋の日、半袖Tシャツに薄いパーカーしか着ていない兄を思うと「雨だけは勘弁して」と祈るばかりでした。
願いむなしく、夕方に降り始めた雨とともに夜の気温はグッと下がりました。保護されて帰ってくることを祈って作った汁物を一人ですすり、ザーザー降りの中、兄のフリースと傘を持って近所を40~50分歩いてみました。が、雨の夜は見通しが悪く何も見えないことがよくわかりました。
お風呂を沸かして、自分で入り、しばらく原稿書きをして日付が変わる頃寝ることにしました。無事であってほしいと願う一方で、帰ってきたら“帰ってきちゃったか”とがっかりするだろう自分の未来を見据えながら……。
警察から兄保護の電話があったのは翌朝8時45分でございました。朝方まで雨が降っていたとみえ、道路はまだ濡れていました。
警察のお話によると、隣町の民家の庭で兄が転がっているのを家の方が発見して、ご親切にも救急車を呼んでくださったけれども、外傷はなく身体的問題がないことで警察の保護となったとのこと。
その15分後ぐらいには警察車両で我が家まで送り届けてくださいました。発見してくださった家の方に御礼を言いたいと思いましたけれども、先方のご希望で詳しいことは教えてもらえませんでした。この場を借りて、御礼申し上げます。
ありがとうございました
ワゴン車に乗せられていた兄は、うつむき加減で震えておりましたが、声を掛ければ返事ができるくらいの状態でした。驚いたのはボストンバッグを持っていたことでございます。一度手から離したら忘れてしまうので、もうないだろうと思っておりましたのに、しっかり持っていたことは意外でございました。
全身濡れて、お尻や背中に草や土がついて汚れていました。脚に力が入らないようで車から降りるのは大変。警察の方が部屋の中まで寄り添ってくださって本当に助かりました。
着ている服を脱がすのも一苦労でしたが、とりあえず湯船に浸からせることに成功し、ぬるめのお湯で30分ぐらい温まってもらいました。
おかゆとお茶、お白湯をガブガブ飲み、トイレとお白湯を何度か繰り返した後、横になったのは朝10時半頃でございました。さすがに疲れていたと見えて、よく寝ていましたが、お昼になってお部屋の様子を見に行くと「臭い!」。そうです、寝たままお尿さまをしていたのでございます。
次回につづく……。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ