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暮らし

母が高次脳機能障害と診断されるまでに20年、家族の葛藤を元ヤングケアラーが告白

 高次脳機能障害をもつ母のもとに生まれ、元ヤングケアラーとして情報を発信しているたろべえさん。不思議な言動を繰り返す母が高次脳機能障害と診断されるまで20年近く、日常の中で遭遇する困ったことや診断されるまでの経緯について教えてもらった。ヤングケアラーの日常に潜む問題点や対処法を学びたい。

母の思考回路は不思議

「ペンギンは魚だから卵から産まれないよ」

「来年は猫年?」

「おしっこは我慢してるとうんちになるから…」

 これらはすべて母の発言だ。母は極度の天然というわけでもないし、母なりの冗談というわけでもない。母は本気でそう思っている。母の思考回路は我々にとってはかなり不思議だ。

 母のもつ高次脳機能障害を簡潔に説明することは難しい。高次脳機能障害とは、病気や事故など何らかの原因で脳が損傷された場合に現れる症状・障害すべてを示す。どのような障害がどの程度現れるかは人によって様々である。

 母の場合の例をいくつか挙げてみたいと思う。

高次脳機能障害 母の場合の実例

・覚えることが苦手、忘れっぽい

 母は、自分の住所や電話番号が覚えられない。家にある物がわからなくなり同じ物をいくつも買ってきたり、同じ事を何度も繰り返し聞いたりする。

 また、メモを書いてもメモをどこに置いたかわからなくなる。記憶がない部分を本当は経験していない作り話で補おうとしてしまう作話という症状もある。

・テレビを集中して見続けられない

 母は、テレビ番組を集中して見続けることができなかったり、読書を続けることができなかったりと飽きっぽい。洗い物をしてみたり、洗濯物をしてみたり、同じことをきちんと仕上げるまでやるということができない。ひとつのことに気を取られると、他に注意しなくてはいけないことに気が回らなくなってしまう。

・出かける支度や料理の段取りが難しい

 物事を順序立てて行うことが難しくなる遂行機能障害もある。母の場合は、出かける支度や料理が苦手だったり、自分から何かを始めることができず指示を待ってしまったりする。

・思い通りにならないとふてくされる

 マナーを守ることや感情をコントロールすることができず、社会の中で人間らしく生活することが難しい。これは、社会的行動障害と呼ばれる。母の場合は、自分が行きたいタイミングで入浴できないとふてくされてそのまま寝てしまう。子供である私の食べている物を欲しがるなどの行動もある。

・自分の病気や症状を自覚できない

 忘れっぽかったり注意散漫だったりといった自身の症状に自分で気がつくことができない。これは病識欠如と呼ばれる。母の場合は、右半身の麻痺もあるので転びやすいが、自分で転倒に気をつけて行動することができないこともある。

※参考/国立障害者リハビリテーションセンター「高次脳機能障害を理解する」
http://www.rehab.go.jp/brain_fukyu/rikai/

母との外出はヒヤヒヤの連続

 母との日常生活をどこかに出かけるときを例に説明するとこんな感じだ。

 まず、母は出かける何日も前から1日に何回も「いつ出かけるんだっけ?」「明日だよね?」「水曜日だよね?」などと聞いてくる。それなのにいざ当日になると「え、今日出かけるんだっけ?」と言ったり、「何時に出発するの?」と何度も何度も聞いてきたりする。

 出かける何時間も前から玄関で準備をして座って待っているかと思いきや、いざ出かけようとすると「忘れ物した!」「トイレ!」などと言い出すので、母と出かけるときはかなり時間に余裕をもたなければならない。

 靴を履くのも「かかとを踏まないで」と言って直してあげないと、ひとりできちんと履くことができない。

 出かけた先でトイレにひとりで行くと帰ってこられなくなるのと、麻痺によってトイレの中で転んでしまうことがあるので、個室の前までついて行く必要がある(本当は個室の中まで入りたいが本人が嫌がるのでやめている)。

 公共の場でのマナーを理解することも難しいため、静かにしなければならない場所でも大声で話したり、あろうことか「見てー、あの人ハゲだよ!」などと言ってしまったりすることもあるので、一緒にいるととてもヒヤヒヤする。

 常に母の世話を焼かなければならず、私自身も「まったく、どちらがお母さんなのだろう?」といつも思っていた。

母と「高次脳機能障害」のこと

 母は高校時代に通学中に交通事故に遭い、今のような症状が見られる状態になったが、事故に遭った当時から高次脳機能障害と診断されていたわけではなかった。

 事故に遭った後、母は3か月間昏睡状態だったらしい。目が覚めると、母の右半身は思うように動かなくなっていて右の視野も半分欠けてしまった。2年間リハビリ施設で過ごし、ひとまずは歩けるまでに回復した。

 その後、母は父と出会って結婚して私が生まれたが、父も私も「母はなんとなく“普通の人”じゃない」という違和感の中で生活していた。

 私と父が初めて高次脳機能障害という言葉を聞いたのは、あるテレビ番組を見ていた時だった。意識を失って病院に運ばれた女性が、意識が戻った後に入院前にできていたことができなくなってしまったという内容だった。その女性の症状は母にとてもよく似ていた。私は、母は高次脳機能障害だったんだ、だから変わった言動をするんだ、と思うようになった。

父に言い返せなかった高校時代

 あまり話す機会は少ないが、実は父も仕事中の事故で左腕を失った身体障害者だ。しかし父は元々器用な上に努力家なので、両腕がある人とほぼ変わらない生活をすることができている。そんな父には、母が障害によってできないことが、母の努力不足によってできていないように思えることが多かったようだ。

 私が高校生の時、父があまりにも母にいろいろと注意をしていたので、「お母さんができないのはそういう障害なんだから、言って直るものじゃないよ」と言ったところ、父は「それは診断されているわけではなく、おまえが勝手に思っていることなんだから、本当に障害のせいかどうかは証明できないだろう」と言い返してきた。

 私は母がいくら頑張ってもできないことを頑張らせるより、「ありのままの状態を受け入れた方が父もいちいち注意をしなくて済んで楽だろうと思ったのに…」と、カチンときてしまった。

 確かに私も一度母を病院でしっかり診てもらいたいと思っていた。この機会に母を病院に連れて行って高次脳機能障害の診断を受けさせよう、精神障害者保健福祉手帳もなんとなくあった方がよさそうだから取得しようと思った。

母を病院に連れていくまでの経緯

 まずは、どこの病院で高次脳機能障害の診断を受けられるのか聞いてみようと思い、住んでいる地方の高次脳機能障害支援センターに電話をした。支援センターを運営している病院が1番よかったが、遠方だったので近い病院を教えてもらった。しかし、このときはまだ高校生で母を連れて行く手段がなかった。

 結局、運転免許を取得した大学1年生の時に、母を隣の市の病院に連れて行った。私は運転が苦手で、おまけに母が運転中「何しに行くんだっけ?」とずっと話しかけてくるので、片道1時間程度だけでとても疲れてしまった。

 病院では「精神障害者保健福祉手帳を取得するために必要な検査をして書類を書くことはできる」と言われた。急性期病院なので、事故から何年も経っている後遺症をゆっくり診ている暇はなさそうだった。

 これまで20年近く家族だけで「おかしい」と思っていた母の言動や苦労してきたことについて話したいことはたくさんあったが、病院には病院それぞれの役割があるのでまあ仕方がないことだと思った。

母に初めて病名がついた!

 何度か通ってCT検査や認知機能の検査をした結果、診断はやはり高次脳機能障害とのことだった。

 ああ、やっぱり。母がおかしいのは母のせいではなくて、障害のせいだったんだ。仕方がなかったんだ。母が私の物を取ったり、飽きてしまって話をあまり聞いてくれなかったりするのも、母が私を愛していないからではなくて、この障害の人にはよくあることなんだ、と証明された気がした。

 父は母が高次脳機能障害と診断されても、相変わらず障害を言い訳にすることには厳しい。それでもはっきりと診断されたことで、気が楽になったとは言っている。

高次脳機能障害は見えない障害

 高次脳機能障害は別名「見えない障害」と呼ばれている。

 以前、高次脳機能障害者の家族会に参加した時、とある女性が話していた内容が今でも印象に残っている。その女性は、当事者である夫は一見健常の人と同じように見え、会社に勤めているが、実は失語症の症状があって言葉がわからず、会社の人に「バカだ」といじめられていると泣きながら話していた。

 私の母は右半身の麻痺もあるので、見た目から「何か配慮が必要そうな人だな」と思ってもらいやすいが、そうではない人は障害があることに気づかれにくく、必要な配慮が受けられないこともある。

元ヤングケアラーたろべえの介護note

・高次機能障害と診断された人は30万人を超えている

 厚生労働省の調査※によると、高次脳機能障害者と診断された人は約32万7000人とされている。ヤングケアラー同様、高次脳機能障害についても多くの人に知る機会をもってもらえたらと思う。

※厚生労働省「平成28 年生活のしづらさなどに関する調査」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/seikatsu_chousa_b_h28.pdf

・親の病気を子供が理解し適切な対処をするのは難しい

 18才未満の子供で親の介護を担うヤングケアラーが、親の病気や障害を把握し、病院に連れていくことは難しい。

 本当は母を連れて埼玉県にある国立障害者リハビリテーションセンター(通称、国リハ)に行ってみたかった。国リハは高次脳機能障害分野において有名で、発症から1年以上経っている場合は評価入院といって2週間の入院で状態を診てもらえるとのことだった。しかし、交通手段がなく諦めた経験がある。

 障害のある母と遠出する時は、考えなくてはならない条件がたくさんあり、健常な人とは同じようにはいかないのが現実だ。

文/たろべえ

たろべえさんの顔写真

1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。母は高校通学中に交通事故に遭い、片麻痺・高次脳機能障害が残ったため、幼少期から母のケアを続けてきた。父は仕事中の事故で左腕を失い、現在は車いすを使わずに立ってプレーをする日本障がい者立位テニス協会https://www.jastatennis.com/に所属し、テニスを楽しんでいる。現在は社会人として働きながら、ケアラーとしての体験をもとに情報を発信し続けている。『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)の3章に執筆。
https://twitter.com/withkouzimam  https://ameblo.jp/tarobee1515/

●ヤングケアラー、小6の6.5%という調査結果 当事者が明かす介護「誰にも話せない大嫌いだった母のこと」

●「ヤングケアラー」受け入れるまでの心の葛藤|当事者が抱える若者介護のしんどさと孤独

●ヤングケアラーの実体験 障害のある母と歩むたろべえさんが公的サービスに辿り着くまで

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