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『鎌倉殿の13人』23話「成長著しい金剛」(坂口健太郎)登場!動かない鹿が暗示したこと

 NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』23話では、成長した頼朝(大泉洋)の嫡男・万寿(金子大地)の初陣として壮大な軍事演習「巻狩り」が描かれた。しかし、曽我兄弟の頼朝暗殺計画も実行に移されて……。暗示とも感じられる描写も多かった「狩りと獲物」(副題)の回を、歴史とドラマに詳しいライター、近藤正高さんが、歴史書を紐解きながら解説します。

成長した万寿(金子大地)と金剛(坂口健太郎)

『鎌倉殿の13人』第23回では、富士の裾野での巻狩りが描かれるとあって、イノシシの鳴き声から始まった。義時(小栗旬)は巻狩りの準備とあわせ、その裏で曽我十郎(田邊和也)と五郎(田中俊介)の兄弟が頼朝(大泉洋)への謀反を企てていると梶原景時(中村獅童)より知らされ、その対策も講じねばならなかった。曽我兄弟の動きには父・時政(坂東彌十郎)が関与しているとの話だったが、本人に問いただすと、兄弟の父を殺した工藤祐経(坪倉由幸)への敵討ちとしか認識していなかった。兄弟は時政を謀反の隠れ蓑として利用したにすぎなかったのである。

 謀反は察知したが、さりとてそれを理由に巻狩りを中止すれば、頼朝の威信に傷がつく。頼朝にとっては嫡男の万寿の大事な披露目の舞台でもあった。戦乱の世が終わったあとでは、軍事演習でもある巻狩りが万寿の初陣と位置づけられていた。

 いままで子役が演じてきた万寿だが、今回から金子大地(身長179センチ)が演じる。それとともに義時の息子・金剛も坂口健太郎(身長183センチ)となって現れた。このときの金剛は万寿より1歳下の11歳(数え年)。現代の小学4年生に相当するが、いくら成長期とはいえ大きくなりすぎだろ! というツッコミをあらかじめ見越してか、登場時に「成長著しい金剛」というテロップが入ったのが可笑しかった。

 しかし、せっかくの披露目の場ながら、万寿は獲物をことごとく捕えそこねる。そんな彼を頼朝や御家人たちは初めのうちこそ慰めていたが、あまりに矢を外すのを見かねてついには皆で寄ってたかって指南を始めてしまう。このとき、周囲から集まってきた御家人らに畠山重忠(中川大志)が「人が多いと鹿がおびえて逃げていってしまうんです」と苦言を呈したところ、義時が「おまえだって来てるじゃないか!」と怒声を浴びせかけたのが、いままでの義時らしくなくて驚かされた。

 一方、金剛は初日から好調で、万寿に促され、矢を天に向かって放つと、飛んでいた鴨が落ちてくるほどであった(まさに飛ぶ鳥を落とす勢い!)。これを見て万寿はますます落ち込む。ティモンディの高岸宏行演じる仁田忠常には、前回ではなく、このときの万寿にこそ「やればできる!」と励ましてほしかった……。

やがて万寿は弓矢の名手に?

 そんな若君のため御家人たちは一計を案じ、動かない鹿を用意して、本人にはそうとは知らせず撃たせることになる。その鹿は前日に金剛が捕えたものだった。でも、鹿に命中しなかったら意味ないんじゃ……と思ったら、それもちゃんと織り込み済みで、万寿の矢が外れるや、すかさず八田知家(市原隼人)が草陰から矢を放って鹿が倒れる。だが、万寿はそれが細工だと気づいていた。皆からさんざん情けをかけられ、かえって奮起した彼は、金剛と二人きりになると「私はいつか弓の達人になってみせる」と誓う。そしていま一度弓を引くと、その矢は乳母夫の比企能員(佐藤二朗)に的中するのであった。お見事!

 実際の万寿=源頼家は、父・頼朝と並び弓矢の名手として京にも知られた。公家出身の僧侶・慈円(九条兼実の弟)も歴史書『愚管抄』に、頼朝が大鹿と駆け並んでその角をつかみ手捕りするほどの狩りの達人だったという話(ほんとかね)に続け、《頼朝の子太郎頼家もまた、古今に絶えてないほどの腕前をもっているとは、かくれもない評判であった》と記している(『愚管抄 全現代語訳』講談社学術文庫)。ドラマでも今後、万寿が努力を重ねて矢の達人となるさまが描かれるのではないか。

 ともあれ、形だけとはいえ、万寿が初めて獲物を仕留めたのを祝い、3色の餅を山の神に供える儀式(矢口祝い)が執り行われる。鎌倉にも、ひと足先に戻った能員によって万寿の“快挙”が伝えられるが、母親の政子(小池栄子)はなぜか「万寿は源氏の嫡流ですよ。巻狩りで鹿一匹仕留めたところで何を騒ぐことがあります」とまったく喜ばない。じつは鎌倉幕府の公式の歴史書『吾妻鏡』の建久4年(1193)5月22日の記事でも、政子はほとんど同じことを言って、頼朝が喜びのあまり遣わした梶原景高の面目を失わせたとある。

 この記述について、『鎌倉殿』の時代考証を担当する坂井孝一は、頼家の価値を貶めようとする『吾妻鏡』の編纂者の意図が働いている可能性があり、実際には政子はこのとき大いに喜んだのではないかと推察している(『源氏将軍断絶』PHP新書)。そもそも『吾妻鏡』は北条氏が幕府を掌握してから編纂されたものだ。頼朝の死後、2代将軍となった頼家を失脚させた当事者である北条の側からすれば、彼が褒められるのは都合が悪かったはず……というわけである。

 ただし、ドラマでは『吾妻鏡』の記述を下敷きにしつつも、政子が万寿を褒めなかったのはあくまで表向き、裏では娘の大姫(南沙良)とともに「万寿が帰ってきたらうんと褒めてやりましょう」と歓喜していたという具合に、ツンデレを装っていたものとして描かれた。ついでにいえば、大姫が能員たちを前に、先の政子のセリフに続けて「ヌエ(鵺)を射落としたのならまだしも、大したことではありません」と言っていたのは、源頼政がヌエと呼ばれる怪鳥(頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎に似ているとされる)を射落としたという伝説を踏まえたものだろう。頼政といえば、『鎌倉殿』の前半で以仁王とともに平家打倒のため挙兵するも、敗死したことが思い出されるが、彼もまた弓矢の名人だったのである。

今回も助かった頼朝(大泉洋)だが……

 さて、巻狩りの様子を描いた前半はコメディタッチで進んできただけに、曽我兄弟の謀反を描く後半の深刻さがより引き立った。しかも意表を突かれることの連続だった。まず驚かされたのは、兄弟が前回の能員との密談では、父の仇である工藤祐経を討ってから、その混乱に乗じて頼朝を襲う計画を立てていたのに、本番ではなぜか祐経をすっ飛ばしていきなり頼朝の館を襲ったことだ。

 兄弟には事前の約束どおり時政の兵がついており、なかでもいち早く異変に気づいた仁田忠常が兄の十郎を引き留め、斬り合いとなる。はっきりとは描かれなかったが、おそらく十郎はこのとき討たれたのだろう。だが、弟の五郎はそのまま館に単身突入、寝所にたどり着くと頼朝を確認し、庭まで逃げた相手を追ってついにとどめを刺す。

 とはいえ、五郎が殺したのはじつは頼朝に身代わりを頼まれた工藤祐経であった。当の頼朝はこのとき、安達盛長(野添義弘)の目を盗んで比奈(堀田真由)に会いに行っていた。結局、比奈には義時がついており(先の矢口祝いの折に祐経から比奈の逗留先を訊かれて、頼朝が来るものと察知したのだろう)、追い帰される。折悪く雨が降り出し、頼朝が足止めを食っているあいだに、館では惨劇が起きていたというわけである。

 義時たちも当初は、死んだのが祐経とは気づかなかった。真夜中の出来事で、現地でも情報が錯綜する。義時はすぐさま万寿のもとに駆けつけると、万寿はすでに守りを固めるようにと一部の兵を鎌倉に戻していた。その判断の素早さにまた意表を突かれた。ここだけ見れば万寿はリーダーの素質に十分だ。ただ、この素早い対応が結果的に鎌倉に混乱をもたらすことになる。

 このあと、頼朝はのこのこと館に戻り、無事が確認された。しかし、そうとはまだ知らない鎌倉では、もはや彼は死んだものとして話が進められていた。義時の妹・実衣(宮澤エマ)は頼朝とともに万寿も死んだかもしれないと早合点し、その場合、源氏の棟梁となるのは自分が乳母を務める千幡ではないかと口走って、夫の阿野全成(新納慎也)に咎められる。また、比企能員や三善康信(小林隆)は、新たな鎌倉殿に頼朝の弟の範頼(迫田孝也)を担ぎ上げようとし、当人も思わずその気になりかける。唯一、大江広元(栗原英雄)だけが、まだ頼朝の生死がはっきりしないのに、そのようなことはまかり通らぬと訴えたが、聞き入れられなかった。おかげで範頼はこのときの動きを広元から問題視され、頼朝が鎌倉に戻るや密告されてしまう。この流れ、いやな予感しかしない。

 範頼に死亡フラグが立つ一方で、頼朝もまた、鎌倉に帰る間際に気になることを口にしていた。このとき彼は、またしても命拾いしたことを義時から「やはり鎌倉殿は天に守られております」と感心されるも、たしかに今回も命は助かったが、これまでははっきりと天の導きを感じ、声も聞いたのに「きのうは何も聞こえなかった。たまたま助かっただけじゃ。次はもうない」と言い切ったのだ。このセリフは遠からぬうちに頼朝が不運としか言いようのない最期を遂げることを暗示しているようにもとれる。

義時(小栗旬)に比奈(堀田真由)が接近

 以前より暗示めいた描写の多い『鎌倉殿』だが、あとから振り返れば前半の巻狩りで、万寿のために標的に仕立てられた鹿も、頼朝の身代わりになったばかりに殺された工藤祐経を暗示していたともとれるし、矢を外した万寿は、頼朝を討てなかった曽我兄弟と重なる。

 その曽我兄弟のうち、生き残った弟の曽我五郎も、頼朝が鎌倉に戻る前にすでに処分が決していた。義時の提案で曽我兄弟の行動は「敵討ちを装った謀反」ではなく「謀反を装った敵討ち」とされ、兄弟は祐経に対し敵討ちを成し遂げたという事実がでっちあげられる。五郎はそのことを頼朝から直々に褒め称えられながら、騒ぎを起こした罪で斬首される。あとには敵討ちのみが美談として語り継がれることになった――というのが、三谷幸喜が描くところの曽我事件の“真相”であった。

 もっとも、『吾妻鏡』でも、事件に題材をとった『曽我物語』でも、五郎は兄と祐経を討ったあと、頼朝の館に駆け込んで捕えられたと伝えられる。しかも彼は頼朝から直接その理由を問われ、「祖父の伊東祐親が頼朝に誅殺され、その恨みがあるので最後に頼朝に拝謁したうえで自害するつもりだった」とはっきり答えていた。これら記述以外にも、事件直後には鎌倉に粛清の嵐が吹き荒れたことなどもあって、曽我事件は単なる敵討ちではなかった可能性が高いという(『源氏将軍断絶』)。

 今回は、曽我事件と前後して義時に比奈が接近したことも、物語的には結構大きな出来事だった。前回、比奈は義時に対しあまりいい感情を抱いていなかったのに、今回終盤へ来て、そばであなたを見ていたいとまで言い出したのは、それまでに彼と一緒にイノシシに襲われたり、頼朝の危機を結果的に救った経験ゆえだろうか(とすれば、いわゆる「吊り橋効果」に近いが……)。

 ちなみに比奈は、歴史上は、北陸道の勧農使(農業生産の奨励のため各地の荘園に派遣された使者)などを歴任した比企朝宗の娘「姫の前」として名を残す。『吾妻鏡』によれば、義時とは富士の巻狩りの前年、建久3年(1192)9月に頼朝の仲介で結婚したとされる。容姿の美しい姫の前は頼朝お気に入りの幕府の官女だったが、義時も彼女に惹かれて1~2年のあいだしきりに恋文を送ったものの受け入れられないので、頼朝が彼女から離別しないと誓約書を取ったうえで義時へ嫁ぐよう命じたという。頼朝が(政子の希望を受けてとはいえ)比奈を義時に嫁がせようとしたのはドラマでも描かれたが、劇中では義時に八重という先妻の存在があるだけに、やや複雑な展開を経て比奈と結びつけたのだろう。

 比奈は勝ち気なところは八重と似ているが、根っこのところではかなり違うような気がする。管見では、八重が使命感が強く、何事も抱え込みやすいタイプだったのに対し、比奈はどんなことでも楽しんでしまう現代的な女性と見受けたが、どうか。次回の予告では、比奈の祖母にあたる比企尼(草笛光子)が久々に登場し、頼朝の頬をぶっていたのも気になる。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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