作家・山口恵以子さんのエッセイに学ぶ!先の見えない介護に押し潰されないためのヒント
作家・山口恵以子さんが最愛の母の介護と看取りについてあたたかな筆致で綴ったエッセイ集『いつでも母と 自宅でママを看取るまで』の文庫本が発売された。認知症を発症した母親の変化に戸惑い、時に怒り、絶望しながらも懸命に寄り添う心情が細やかに描かれ、多くの人の共感を呼んでいる。そこには、先の見えない介護が始まったときに押し潰されないためのヒントがたくさん詰まっていた。
親が元気に見えても要支援・要介護認定を
<母の異変に気付いてから介護認定を申請するまで約十年も掛かったとは、今更ながら我が身のうかつさに呆れてしまう。>(『いつでも母と』より)
介護保険サービスは要介護認定の申請をしないと利用できない。『親の介護の不安や疑問が解消する本』などの著書がある、ケアマネジャー歴20年以上の田中克典さんは、「山口さんは申請が遅すぎましたね」と語る。
介護保険制度では、入浴や食事、排泄などの身体介護をしてくれるホームヘルパーの派遣や、朝から夕方まで施設で預かってくれるデイサービス、介護用ベッドや車いすといった福祉用具など、1~3割の自己負担で安価に「介護保険サービス」を利用することができる。そのサービスをどう組み合わせて使うか、ケアプランを作成し調整するなどの司令塔となるのがケアマネジャーだ。
「このように申請のタイミングがつかめないままおひとりで介護を担うご家族は非常に多い。やはり多くのかたは、いつまでも親は親のまま、元気でいてほしいと願っていて、親が年老いていくことを受け入れられませんから。そうしたかたに私は、75才とか80才など節目の年齢で要支援・要介護認定を申請してはどうですかと伝えています。うちの親はまだ元気なので大丈夫です、というかたでも、いざ申請すると、意外と介護保険サービスを受けられることも少なくありません」(田中さん、以下「」同)
例えば、椅子から立ち上がる際にテーブルにつかまる、階段の上り下りは手すりがないと不安だという高齢者は多い。こうした、一見“高齢者なら当たり前”な日常の動作でも要支援1や2の認定がおりることがあるという。
「介護度によって条件がありますが、介護保険サービスによって歩行器や杖を通常の1~3割の料金でレンタルでき、本人がいまより生活しやすくなります。さらに、その後状態が悪化したときにホームヘルパーなどのサービスもスムーズに利用できるようになります。率直に言えば、申請しなきゃ損だと思いますね」
介護保険サービスを受けるためには、役所で要支援・要介護認定を申請する必要がある。役所による訪問調査を経て、「要支援1」から「要介護5」まで、状態に応じて7段階の要介護認定がおり、そこで初めてサービスが利用できるようになる。
「仮に認定がおりなくても、地域包括支援センターに一度アクセスする価値はあります。相談した履歴が残り、いざというとき電話一本で要介護認定の申請ができるよう手配してくれたり、家族が忙しければ職員が代行して申請してくれたりと、その後の手続きがスムーズになりますから」
→介護が始まるときに慌てない!要介護認定の申請、介護保険サービス利用の基礎知識
要介護認定の申請は本人の同意ナシでも可
<母の介護認定は最初は要支援2、翌年に要介護1に変わった。私が介護保険のありがたみを痛感したのは、認定を受けた早々の夏だった。母が階段から足を踏み外して捻挫し、歩けなくなってしまったのだ。>(『いつでも母と』より)
とはいえ、当の本人が「まだ要介護認定を受けるほど衰えていない!」と申請を拒否するケースもある。そんなときは、こんな“方便”で進めるのも手だという。
「要介護認定の申請は、本人の同意がなくてもできます。まず、申請の際に本人に内緒にしたい旨を申請書に書くか、調査員に伝えておきます。一方、本人には、要介護認定の調査と言わず、『一定の年齢になると役所の職員が健康調査に来ることになっている』などと言っておく。調査員も心得ているので、『訪問調査』と言わずに訪問して、うまくヒアリングしてくれるというわけです」
ほかにも、訪問調査の前にしておきたい準備がある。ケアマネジャーを探し、訪問調査への立ち会いを依頼しておくことだ。
「もし周りに、信頼のおけるケアマネジャーを紹介してもらえるならその人に、あるいは地域包括支援センターの職員に紹介してもらうといいでしょう。そうすると、通常は認定がおりてから担当につくケアマネジャーが、認定がおりる前から仮のケアプランを作ってくれたり、介護保険サービスを使えるよう調整してくれ、そのまま介護のよき伴走者になってくれるケースが多いのです」
その後ケアマネジャーは、住環境はどうか、失禁の有無、歩行が困難か、困難なら手すりや杖、歩行器があれば移動できるのか、といった要介護者の状態をヒアリングし、多様な介護保険サービスの中から本人や家族に最適なケアプランを提案してくれる。
例えば、「転びやすいなら介護保険サービスを使ってバリアフリー工事をしてはどうか。そのために住宅改修工事の申請を」「食事が作れなくなって困っているなら配食サービスを使ってはどうか」など。家族とはまた違う、ケアマネジャーという第三者の目で“困りごと”が可視化され、クリアになっていくのだ。
<情報はインターネットでいくらでも入ってくるが、何を得て何を捨てるかは本人の判断に委ねられる。しかし、本人が見落としている点や気付かない点は、第三者に教えてもらわないと分からない。案外、第三者だからよく分かることもあると思う。>(『いつでも母と』より)
→初めての介護|ケアマネジャーってどのような存在?【プロが教える在宅介護のヒント】
目指すは本人・家族・ケアマネの“三者合意”
<「お願い。ママは自分で一生懸命頑張るから、もう先生は断って」 二〇一七年の初春だった。三年も続いたリハビリをどうして急に拒否したのか、私には分からない。唯一考えられるのは、母にしてみれば「三年我慢したけど、もう限界」だったということだろうか。>(『いつでも母と』より)
山口さんは、デイサービスが合わず通うのをやめ、訪問リハビリを受けていたが、それすらもやめたいという母の思いに困惑する。悩んだ末、山口さんは母の残り時間を思い、母の意向を尊重することにした。このように、本人と家族の意向が大きく離れている場合、どのように解決したらよいのか揺れる介護者は多いだろう。
このときケアマネジャーは、片方の言い分をそのままのみこまず、いかに両者の気持ちを引き出し、落としどころを見つけるかに心を砕くという。
「山口さんのように、“最後の砦”のサービスをやめることは大きな決断ですよね。なかには、誰にも相談できず、無理やり続行させようとするご家族もいますが、そんなときこそケアマネジャーに相談してほしい。私たちは、本人の意向をいちばん大事にします。いくら本人が認知症で直近の記憶がなくても、好きか嫌いか、居心地がいいか悪いか、といった感覚的なことには非常に敏感ですから。そこを尊重しないと、あとあと親子関係がこじれるケースも少なくありません。そこで本人、家族、ケアマネジャーの三者が納得する妥協点を見つけます。例えば、本人は『デイサービスをやめたい』、だけど家族は『週2回は通わせたい』というとき、『週に1回にしましょう』と、“百かゼロか”ではなく間を取って調整することはよくあります」
昨今、介護と仕事の両立に悩んで介護離職をし、生活が困窮して共倒れになるケース、果ては家族側が先の見えない介護に疲弊し、要介護者を虐待するケースも問題になっている。介護保険サービスを使い、第三者の目が入れば、こうした最悪の事態も防げるかもしれないのだ。
<介護認定を受けて、私は精神的にとても楽になった。まずは尿取りパッドの件。次に、私がそばにいられない時はケアマネジャーさんに相談して、誰かに世話を頼めるという安心感。これがあるとないとでは精神の負担が大きく違う。ゆっくり下降線をたどっていった晩年の母との生活は、この二点に支えられる部分が大きかったと思う。>(『いつでも母と』より)
判断を間違って一生後悔しないためにも、いまのうちからプロの手を借りる準備を進めておきたい。
●「いつでも母と」
「食堂のおばちゃん」作家・山口恵以子さんが最愛の母・絢子さん(享年91)との最後の日々を綴った泣き笑い体験記。小学館文庫 726円
※女性セブン2022年4月28日号