毒蝮三太夫が36年語り続けた聖夜童話が絵本に!『こなくてよかったサンタクロース』に込めた想い
36年前のクリスマスの日、マムシさんはアドリブで貧しい母子の物語を語った。タイトルは「こなくてよかったサンタクロース」。放送は大きな反響を呼んだ。以来、クリスマスの時期には毎年、ラジオからマムシさんの朗読が流れる。多くのリスナーを感動させている創作童話が、このほど絵本になった。マムシさんが込めた思いとは?(聞き手・石原壮一郎)
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書店から中継したときにアドリブで話したのが始まり
まさか絵本になるとは思わなかったな。いやあ、嬉しいよ。最初にこの話をラジオでやったのは、1985(昭和60)年の12月25日だ。世田谷の本屋からの中継だっていうから、前の晩に「何を話すかなあ。童話っぽいのもいいかなあ」と布団の中で考えてはいたかな。だけど、メモを作るとか内容を細かく決めるとかっていうのは、俺はやったことがない。
場所が本屋だから、いつものジジイやババアはほとんどいなくて、小学生ぐらいの子どもがたくさん来てた。もう冬休みに入ってたんだね。目の前の子どもに「プレゼントはもらったか」なんて聞いていくと、ゲームをもらった、人形をもらったっていう答えが返ってくる。「もらってない」と答えた子どもはひとりもいなかったな。
そのあと、棚にあったグリム童話だかアンデルセン童話だかの本を開いて、それを見ているフリをしながら、この「こなくてよかったサンタクロース」をアドリブで話し始めたんだ。現場のスタッフともスタジオのパーソナリティとも何の打ち合わせもしてなかったから、ビックリしただろうね。しかも、ぜんぜん聞いたことがない話をやってる。
クリスマスプレゼントをもらえなかった男の子
物語の舞台はヨーロッパのどこかにある小さな村のはずれだ。病弱なおかあさんと坊やが住んでいる。クリスマスイブの夜、坊やはサンタクロースが来ると信じて靴下をつるした。翌朝、坊やが靴下をいくらふるっても、プレゼントは出てこない。坊やは、おかあさんに「どうしてサンタクロースこなかったの?」と詰め寄る……という話だ。
当時の日本は、未曽有の好景気に浮かれていた。クリスマスのドンチャン騒ぎも派手になる一方だった。だけど世界に目を向けると、アフリカでは飢餓が広がっていたし、イラン・イラク戦争をはじめあちこちで戦争が起きていた。悲惨なニュースがたくさん流れてくる。つらいクリスマスを過ごしている子どもや、我が子にプレゼントをあげられなくて悲しい思いをしている親も多いはずだっていう気持ちが、俺の中にあったのかもしれない。
ミステリーじゃないんだから、後半のストーリーも話してもいいよな。靴下の中をよく見ると、おかあさんからの手紙が入っている。そこには、サンタさんにきてもらえないだめなおかあさんでごめんなさいって書いてあった。坊やはすべてを察して「サンタクロース こなくてよかったんだ~」って明るく言うんだよ。「ぼくよりまずしく ぼくよりつらい この ところにいって ぼくの ところにくるひまがなかったんだ」ってね。
最初のうちは、おかあさんの悲しそうな顔を見て子どもが察するという話にしてたんだけど、10年前だったか20年前だったか、途中から靴下に手紙が入ってることにした。物語の舞台も、話すたびに違ってね。台本を読んでるわけじゃないから、毎年ちょっとずつ足したりそがれていったりしてきた。
絵を描いてくれた塚本やすしさんは、売れっ子の絵本作家だ。半藤一利さんといっしょに空襲をテーマにした絵本を作ってたりしてて、なかなか気骨のある人なんだよ。その彼の提案で、今まではなかった場面を最後につけた。さすがプロだよ。その場面がついたことで、親子の未来が明るく開けた。読者もホッとした気持ちで読み終えられる。
靴下にプレゼントが入っていなかったからって、子どもはおかあさんを責めるわけじゃない。おかあさんもつらいんだと察して、ホッとさせるために「こなくてよかった」と言っている。なぜよかったのかっていう理由も考えてね。やさしい気遣いだよ。母親は子どもにたくさんの愛情を注いで、子どもも愛情を返している。まあ、そこまで言うのは野暮だけどな。俺は江戸っ子だから、そういうのはテレ臭いんだよ。
全部ひらがなとカタカナだから、幼稚園ぐらいの小さい子どもでも字さえ読めれば内容がわかって何かを感じてくれるはずだ。ジジイやババアから、クリスマスプレゼントで贈ってやってくれ。今度の大学の講義では、介護を学んでいる学生にこの本を朗読して、そのあとでプレゼントしようと思ってる。どんな感想を書いてくれるか楽しみだな。
クリスマスイブの24日(金)はTBSラジオ開局70周年特番で、お笑いコンビのかまいたちと中継番組のコラボ企画をやる。25日(土)にはナイツの番組で、この本を朗読させてもらう予定だ。子どもも大人もジジイもババアも、いいクリスマスを過ごそうじゃないか。
ついでに「よいお年を」だな。正月に餅、詰まらせたりするんじゃないぞ!
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毒蝮三太夫(どくまむし・さんだゆう)
1936年東京生まれ(品川生まれ浅草育ち)。俳優・タレント。聖徳大学客員教授。日大芸術学部映画学科卒。「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の隊員役など、本名の「石井伊吉」で俳優としてテレビや映画で活躍。「笑点」で座布団運びをしていた1968年に、司会の立川談志の助言で現在の芸名に改名した。1969年10月からパーソナリティを務めているTBSラジオの「ミュージックプレゼント」は、現在『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』内で毎月最終土曜日の10時台に放送中。85歳の現在も、ラジオ、テレビ、講演、大学での講義など精力的に活躍中。このほど、自らが創作してラジオでも語り続けている童話『こなくてよかったサンタクロース』が、絵本になって発売された(絵・塚本やすし、ニコモ刊)。公開中の映画『老後の資金がありません!』では、元警察官の頑固ジジイ役で名演技を見せている。YouTubeでスタートした「マムちゃんねる【公式】」(https://www.youtube.com/channel/UCGbaeaUO1ve8ldOXX2Ti8DQ)も、たちまち絶好調! 毎月1日、11日、21日に新しい動画を配信中。
取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)
1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」など著書多数。最新刊は「【超実用】好感度UPの言い方・伝え方」。この連載では蝮さんの言葉を通じて、高齢者に対する大人力とは何かを探求している。
撮影/政川慎治