「私の何がいけなかったのか」高齢の父が診察室で吐露した本音とようやく辿り着いた大学病院で驚愕した“医師の言葉”
一人暮らしで、もうすぐ93歳になる父に急激な体の異変が現れ、総合病院から「大学病院での精密検査」を勧められました。どんどん弱っていく父のサポートに右往左往してきましたが、「大学病院に行けば、きっと今後の見通しや希望が見えるはず――」と信じて疑わなかった私たち姉妹。しかし、激混みの大学病院で待っていたのは、無機質な問診と「入院まで3か月待ち」という現実でした。
執筆:関和子
介護ポストセブン前編集長。現在はシニアエディターとして、介護が必要な人へ役立つ情報や、介護要らずに暮らす健康の知恵などを発信するために、介護当事者や専門家に取材し「介護をもっと明るく、前向きに捉えてほしい」との思いで記事作りに取り組む。要介護3の母(他界)の介護を経て、いまは要介護2の父を通いながらサポート中。高齢者住まいアドバイザー(内閣府認可)の資格を取得。
期待を胸に向かった大学病院だったが
父の体調が悪くなり、次々と病院を紹介され、辿り着いたのが大学病院でした。様子が変だと思い脳外科を受診してから、早2か月が経っています。
父の症状を検索したり生成AIに聞いてみたりすると、なかなか厳しい病名が出てきました。妹も私も、大学病院を受診する段階で、疑わしき病名とその予後については覚悟をして臨んでいました。
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大学病院を紹介してくれた総合病院では、「病名をはっきりさせるためには検査入院が必要。最低でも10日から2週間はかかると思います」と言われていたこともあり、その情報はあらかじめケアマネジャーさんにも伝え、要介護の区分変更の手続きを進めてもらっていました。
嚥下や言語(発語)の機能、筋力の著しい低下…こうした症状がすでに起きている中、2週間も入院したら、きっと父は歩けなくなってしまうのではないかという点も大きな懸念材料です。 父は一人暮らし。よろよろとしてはいましたが、まだ自力でトイレまでは歩ける状態ですが、退院後はそれもできなくなるかもしれない…。そんな不安も含め、受診の際は大学病院の医師に相談してみようと妹とも話し合っていました。
これまで父の受診はどちらか一人が付き添っていましたが、この頃の父の状態ではとても一人での付き添いは無理だと判断し、二人体制で臨みます。
激混みの大学病院。予約時間から1時間半が経過して、ようやく父の診察が始まりました。病状や経過、脳の画像などが総合病院から紹介状とともに共有されているはずですが、改めてこれまでの経緯や生活形態など、何度も話してきたことを問われました。医師は私たちの話に相づちさえ打たず、質問しては答えをひたすらパソコンに入力し続けます。
そして次は、体中を金属製のハンマー(打腱器というのだそうです)でぽんぽんと叩く。立ち上がったり歩いたりする動作を観察する。しかし、何をしても何のコメントもないのです。
そして、ようやく発せられた言葉はこうでした。
「今日は血液検査をします。次は筋電図の検査です。予約をしてください」
私は思わず、「は?」と大きな声を出してしまいました。
「入院まで3か月待ち」の壁
「先生、これまでいろんな病院に行って、2か月近くかかってようやくこちらの病院に辿り着いたんです。大学病院じゃなければ、診断できないからと。でも、何の説明もなく、次の検査の予約と言われても…またいつまでかかるかわからないですよね? 前の病院では、こちらで入院して検査した方がいいと言われたのですが、入院の必要はないのですか?それとも、父は病気じゃなくて加齢による変化というお見立てですか?」
私がここまで話して、ようやく医師はパソコンから私たちの方へ体を向き直し、
「現状では何の病気かはわかりませんが、加齢ではないですね」
と言いました。
医師:「おっしゃる通り、最終的には入院してしっかりとした検査をする必要があります。ただ、いま入院待ちをしている人が大勢いて、長い場合、入院までに3か月かかります。なので、その間にできる検査をしたいということです」
私:(ならば、最初からそう言ってほしい!←心の声です)
確かに、大学病院の神経内科の待合室は人で溢れかえっていました。入院までに時間がかかるのも仕方ないのかもしれません。しかし…です。
私:「先生、今の父の病状の進行を見ていると、仮に入院が3か月先になったとして、それまでに歩けなくなるかもしれない。そもそも今入院しても、入院中にもっと弱るかもしれないと危惧しています。父は一人暮らしです。この後どういう態勢を整えてサポートしたらいいかなど、私たちも準備の時間が必要なんです」
私はもう我慢できずに畳みかけるように聞きました。
医師:「では、まず入院の手続きをします。ただ、さきほども言った通りいつになるかはわかりません。本日、入院手続きの窓口に寄って今後のことは相談してください。入院できないことを想定して、次の検査の予約も入れます(2週間後でした)。この後、血液検査をして、その後のことは看護師に聞いてください」
無機質な診察室で父が絞り出した切ない本音
ここまで医師が話したところで、父が少しろれつの回らない口調で話し始めました。
「私は耳も遠いし、うまく話せなくなっていますが、ほんの春まではこんなではありませんでした。耳が遠いのは昔からですが、娘たちが勧めてくれたのに補聴器を使わないでこれまできたことが、この病気に関係あるのでしょうか? 私の生活の何がいけなくて、こんなに体が動かなくなったのでしょうか」
自分の体の自由が奪われていく恐怖だけでなく、「自分のせいで娘たちに負担をかけているのではないか」という申し訳なさなどを、もっと回りくどくゆっくりと話す父。
これまで自立して生きてきた親としての誇りと周囲に迷惑をかけている切なさが複雑に交錯した瞬間でした。自分が悪いわけではないと思いたい一方で、急速に衰える現実を受け止めきれずに苦しんでいたのだと思います。
医師は何かスイッチを切ったように、父の方をじーっと見て、相づちは打ちませんが、とりあえず話は最後まで聞こうという姿勢になりました。
医師:「まだ病名はわかりません。神経系統の病気であると思いますが、神経の病気はとてもたくさんあるのです。相応の検査が必要ですし、何か生活習慣が原因になっていることはほぼありません。補聴器とこの病気は全く関係ないと思います」
それだけ言うと、「では、採血に行って入院手続きの窓口に寄ってください」と診察は打ち切られました。
途方に暮れた帰り道。重く沈む空気の中で
結局、何もわからないままでした。妹は父を連れて採血へ、私は入院手続きの窓口へと向かいます。
いつ入院できるかわからないものの、入院生活をするにあたり、ざっくりとした説明やレンタル品の手続きなどが行われ、「入院前の看護師面談で詳しくヒアリングするので、その日の予約を取ってください」とのこと。
次の検査予約が入っている日にあわせて看護師面談も予約して、その日は終わりました。
大学病院を受診すれば今後の見通しが少しは立つかもしれない、という淡い期待は脆くも崩れ去りました。
そして、医師に向かって父が吐露した思いも思いがけないものでした。父は、急激に衰えていく自分の体への向き合い方を、父なりに必死で考えていたのですね。父の胸のうちをもっとちゃんと聞いておくべきだった、どうやってサポートしよかうと手続きのことばかりを考えていて、肝心の父の気持ちを置き去りにしていたのかもと、はっとする思いでした。
今後どうすればいいのか、どのようにサポートすればいいのか。しばらく自宅での生活が続くのであれば、何から整えたらいいのか…。
モヤモヤした気持ちで帰路につきました。少し前までなら、妹と私の2人が揃って父に付き添った帰り道は、ファミレスや回転寿司などに立ち寄るのが恒例でした。この日もお昼はとうに過ぎた時間で腹ペコではありましたが、父はへとへと。嚥下機能もかなり落ちているので、外食したとしても選べるメニューは限られそうです。車のシートに座っているのもやっとといった状況でしたのでそのまま自宅へ直行し、父は家に入るなりベッドに横になりました。
「プロに相談すれば解決する」わけじゃない。当事者になって知った現実
「検査入院は、もしかしたら3か月後…。もう施設に入所した方がいいのではないか」という思いが強くなったものの、父は家で暮らすことに強くこだわっていました。
これまで私自身、「心配事や不安は、一人で抱えずケアマネさんなどプロに相談しましょう」という言葉を何度も目にし、耳にし、発信もしてきました。
けれど、いざ自分が当事者になってみると、相談したからといってすぐに解決できることばかりではないのだと痛感しました。ケアマネさんだって万能ではなく、答えを持っていないこともたくさんあります。何軒も病院を回って辿り着いた先でさえ、丁寧に向き合ってもらえない現実に直面し、「きれい事だけではどうにもならない」と途方に暮れてしまったのが本音です。
我が家の場合は妹と2人で協力しながら、父をサポートできています。しかし、これが老老介護だったら…、頼る人のいない高齢者だったら…。想像するだけで胸が締め付けられるほど、その道のりの険しさを思わずにはいられません。
妹と私は、現状を事細かに、ケアマネさんにまず伝えました。ケアマネさんからは、「病名がはっきりしないと、仮に施設入所を希望しても、受け入れの可否がわからないですね」とアドバイスを受けました。
そして、友人や家族にも愚痴とも付かぬ話として、今回のあらましをぶちまけました。
私は、「誰もが一人で抱え込まないでほしい」と強く思っています。
「何が不安なのかわからない」「どれだけ大変で困っているか」「混乱している」——そんな感情を、どんな形でもいいから誰かに話し、外に発信してほしい。
誰かに話したからといって、目の前の問題が魔法のように解決するわけではありません。それでも「今、自分がどれほど困っているか」を周囲や専門職に知ってもらうこと。それが、次の小さな一歩を手繰り寄せるための、とても大切なプロセスなのだと考えているのです。
途方に暮れていた矢先、届いた知らせ
父の思いと現実の壁の狭間で、どうすればいいのか途方に暮れていた……そんな受診から一週間もしない頃のことです。妹から、「病院から電話があって、入院日が決まったって」と連絡が入りました。
検査入院の日は、想定よりずっと早く決まったのです。そして、私はこの後、大学病院の「入院前看護師面談」で、たくさんの気づきとアドバイスをいただくことになります。そのお話は、また次回に。
