眠れないシニア…睡眠薬に頼るのは危険!うまく眠るためのコツ
「配偶者(55歳以上)に不眠症状がある」人は約4割(37.7%)。また、配偶者が睡眠薬(不眠症治療薬)をのんでいるという人が6.9%にも上ることがわかった(「シニア世代における服薬・不眠症治療に関する実態調査 2018年」、MSD製薬調査)。
日本睡眠学会・専門医の池上あずさ先生は、「睡眠不足と不眠は認知機能や生活の質の低下を招く」と説明する。しかし、同調査によると、配偶者が睡眠薬を使う人の6割は「薬に依存してしまうのでは」など、睡眠薬に対して不安を感じている。
このような不安やストレスを解消し、睡眠薬とどう付き合っていけばよいのか。池上先生に解説してもらった。
65歳以上は6時間睡眠でOK
平均的な睡眠時間は年齢とともに短くなっていく。海外の研究によると、65歳の平均睡眠時間は6時間(グラフ1)。また、高齢になるほど途中で目覚めたり(中途覚醒)、朝早く目が覚めたり(早朝覚醒)しやすくなる。
池上先生たちの研究グループは、睡眠の質について年間600例のポリグラフ検査を行なっている。その結果、年齢とともに深い睡眠の時間の割合が減り、睡眠の質が低くなることがわかった。
「別の調査では、日本では高齢になるほど布団で過ごす時間が長くなることがわかりました。高齢者は目が覚めたまま布団にいるので、『薬をのんででも寝なければ』と考えてしまいがちなのです。そういう方には、『年をとれば5時間も眠れれば大丈夫です』とお話しし、できるだけ夜の睡眠を短くするよう説明しますが、『ひまな時間をどう過ごせばいいかわからない』と言われることもあります」(池上先生、以下「」内同)
睡眠薬の利用 高齢者にはハイリスク
池上先生によると、「高齢になるほど持病を抱えている人が多く、病院を頻繁に受診するため睡眠薬にアクセスしやすい」とのこと。しかし、安易な睡眠薬の使用には大きなリスクが伴う。
「睡眠薬を使うとストンと眠りにつけるので、その気持ちよさからクセになってしまう人が多いのです。しかし、睡眠薬を長期間使っているうちに薬がないと眠れなくなったり、いろいろなタイプの睡眠薬に手を出したり、大量にのんでしまったりと、依存状態に陥る恐れがあります」
さらに高齢者には次のような危険がある。
●筋弛緩作用により足元がふらつきやすくなり、転倒や骨折をしやすい。
●睡眠薬の長期使用により、認知症の発症リスクが約2.3倍高くなる。
●薬の作用により嚥下機能が抑えられるため、夜中に咳が出てもたんを飲み込めず、誤嚥性肺炎の発症リスクが上がる。
池上先生が院長を務めるくわみず病院は、熊本県で唯一の睡眠医学会認定施設。2016年に発生した熊本地震の震源地である益城町から8kmほどの距離にある。
「熊本地震が発生した前夜に睡眠薬をのんで寝たという患者さんは、あれほどの揺れでも目を覚まさずに眠り込んでいたそうです。ご自宅は大規模半壊でしたが、奥さんが火事場の馬鹿力で引っ張り出して事なきを得ました。万が一のとき、睡眠薬にはこのようなリスクもあるのです」
欧米と日本で進む「脱・睡眠薬」の取り組み
今、日本で最も多く処方されている睡眠薬が「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」、通称「ベンゾ系」だ。ベンゾ系は睡眠導入剤のほか抗不安薬としても処方されるが、副作用として前述のふらつき、認知機能の低下といった副作用が出やすい。また、依存性が強く、薬をやめる際に不眠や不安、吐き気、せん妄といった離脱症状が出るという特徴がある。
このため欧米ではベンゾ系の使用は厳しく制限されている。例えばイギリスでは、ベンゾ系の使用は重度の不安に限定され、最長で4週間までしか使用できない。また、ベンゾ系の使用を減らすための専門クリニックがある。ほかにフランス、カナダ、デンマークでも投与期間に制限がある。
日本では2017年に、医薬品医療機器総合機構(PMDA)がベンゾ系の依存性について「漫然とした継続投与による長期使用は避ける」「類似薬との重複がないか確認する」などの注意をうながしている。
厚生労働省も医療機関に対し、ベンゾ系の処方を減らす努力を求めている。平成30年度の診療報酬改定では、複数の睡眠薬や抗不安薬などを連続して投薬すると診療報酬を下げることになった。一方、睡眠薬などが多く処方されている患者に対して減薬し、薬剤師や看護師などと協力して症状の変化などを確認すると、処方料がプラスされ、減薬を評価する仕組みとなっている。
「睡眠薬の難しいところは、薬を突然やめると不眠症が悪化する恐れがあることです。そうならないためにも、私たち医師が処方に慎重になるとともに、睡眠薬を使う場合は『やめることが前提である』ことを患者さんがしっかり理解する必要があります」
疲れをためて寝つきをよくする
ところで、そもそも不眠症とはどんな症状のことを言うのだろうか。
「よく誤解されがちなのですが、睡眠時間が平均よりも短かったり、途中で何度も目覚めてしまったりしても不眠症とは言いません。不眠によって、日中に体がきつかったり、生活の質が低下したりするという場合を不眠症と診断するのです。
私は不眠症を生活習慣病のひとつと考えています。生活習慣を整えることで不眠が治り、今睡眠薬を使っている人の半分くらいは薬をやめられるのではないかと推測しています」
不眠を改善するために池上先生はまず、睡眠に対する考え方を変えてもらうことから始める。
「高齢になれば、生理的に5〜6時間しか眠れないように変化してきます。それを8時間寝ようとするから無理があり、つらくなってくるんですよとお話しします」
その次のステップとして取り入れるのが「睡眠スケジュール法」と「睡眠衛生指導」だ。
「睡眠には『疲れ』と『体のリズム』が深く関係しています、例えば、眠れないまま横になっていると疲れがたまらないので眠くならないし、だらだら布団に入っていると眠れないことへの不安が強くなり、逆に不眠を助長します。そこで、睡眠スケジュール法では実際に寝ている時間をもとに適切な睡眠パターンを作るのです」
【睡眠スケジュール法の実践】
(1)直近1週間の平均睡眠時間を計算し、寝る時間と起きる時間を設定する(平均が5時間未満の場合は5時間にする。
(2)起床時間を決め、それをもとに就寝時間を設定する。基本は「遅寝早起き」。
(3)布団に入るのは眠くなったときか、設定した就寝時間になったときだけ。
(4)15分たっても寝付けなければいったん布団を出て、リラックスして過ごしながら疲れをためる。
(ポイント)寝室には本などを持ち込まず、寝ること以外に布団を使わない。また、眠くても夕方以降にうたた寝をせず、普段通りに活動して疲れをためる。
うまく眠るための8つのコツ
睡眠衛生指導では、8つの方法を指導する。
(1)定期的な運動:ウォーキングなど適度な有酸素運動をすると寝つきがよくなり、睡眠が深まる。
(2)寝室環境を整える:光や音をできるだけ遮断するためにカーペットや遮光カーテンを利用する、ドアをきっちり閉めるなど。また、寝室にテレビやスマホ、本、ラジオなどを持ち込まず、寝るのに集中できる環境をつくる。
(3)規則正しい食生活:寝る前に軽食(とくに炭水化物)をとると睡眠の助けになる場合がある。ただし脂っこいものや胃もたれするものはNG。
(4)水分を控える:夜間のトイレの回数を減らすため。ただし脳梗塞や狭心症などのリスクのある人は医師に相談する。
(5)カフェインを控える:就寝の4時間前からコーヒー、お茶類、コーラ、チョコレートなどは摂らない。
(6)飲酒をやめる:アルコールを摂ると一時的に眠れるが徐々に効果が弱まり、夜中に目覚めやすくなる。深い眠りが減る。
(7)喫煙:ニコチンには精神を刺激する作用がある。
(8)寝床での考えごとをやめる:考えごとや翌日の計画は起きてからにする。
「このような対策をしても眠れず、日中の生活に悪影響が起きるなら睡眠薬を使っての治療に入ります。ただし処方するからにはやめるのを前提とすること。睡眠薬をやめた人の多くは『自然に眠るのがこんなに気持ちいいと思わなかった』と喜んでいますから。また、眠れない人は自分だけで悩まず、家族に相談してみましょう。一緒に生活習慣の改善に取り組むほうが成果が出やすいものですよ」
教えてくれた人
池上あずささん/くわみず病院院長。日本睡眠学会・専門医
取材・文/市原淳子