永瀬正敏『私立探偵 濱マイク』が超絶カッコよかった、たとえばファッションも音楽も映画オマージュも!
「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。懐かしさに駆られて観直すと、意外な発見することがあります。今月は国内外のドラマ、映画、音楽に詳しいライターの大山くまおさんが、『私立探偵 濱マイク』(2002年 日本テレビ系/huluなどで配信中)を鑑賞。レザーで決めた永瀬正敏のファッションを筆頭に、とんでもなくカッコよかった作品の攻めたクリエイティブを振り返ります。
ジャンルレスな魅力
2002年に放送されたドラマ『私立探偵 濱マイク』が放送開始20周年を記念してhuluとAmazon Prime Videoで配信がスタート。当時のファンのみならず新しいファンを巻き込んで話題になっている。
永瀬正敏演じる私立探偵の主人公・濱マイクが、依頼された事件を解決するために横浜の街を駆け回るというストーリー。とはいえ、事件は解決することもあれば、解決しないこともある。犯人逮捕のカタルシスを求めたり、事件の謎をチマチマと考察したりするドラマではない。アクションの要素もあれば、ミステリーの要素もあれば、人情ドラマの要素もあれば、不可思議な味わいのドラマの要素もあって、ジャンルレスな魅力が溢れていた。
なかにはポカンとした顔のまま終わってしまうエピソードもあり、「わかりやすい=面白い」という視聴者にとっては肌の合わない作品になっていたかもしれない。ただ、わかりやすいストーリーはなくても、『私立探偵 濱マイク』は「なんだか面白そうなもの」「なんだかカッコいいもの」を求めていた視聴者を惹きつけた。
たとえばファッション。いつも(真夏でも!)レザーのロングコートにサングラス、指輪、マニキュア、ラバーソール姿でキメキメの永瀬をはじめ、レギュラー陣の村上淳、松岡俊介は当時隆盛を極めていた男性ファッション誌の常連で、特に永瀬のファッションは大量のフォロワーを生んだ(だいたいファッション系の専門学校生が多かった)。市川実和子もファッションアイコンだった。モデルとしても活躍していた窪塚洋介やEITA(現・永山瑛太)もゲスト出演している。
たとえば音楽。「色彩のブルース」でカルト的な人気を獲得していたEGO-WRAPPIN’の「くちばしにチェリー」を主題歌に起用。外資系CDショップの風を連続ドラマに吹き込んだ。レギュラーとして中島美嘉、ブランキー・ジェット・シティの中村達也が登場。ゲストにUA、憂歌団の木村充揮、ピエール瀧(まだ俳優業を始めたばかりだった)、hitomi、SIONらが出演して演技を披露したほか、レピッシュ、東京スカパラダイスオーケストラ、ナンバーガール(解散発表の直前だった)のライブシーンがある。
たとえば映画。『私立探偵 濱マイク』の特筆すべき点として、全12話を12人の監督が撮っているところが挙げられる。すでに『GO』(01年)で高い評価を得ていた行定勲、『EUREKA』(00年)などで知られる青山真治、『逆噴射家族』(84年)などの石井聰亙(現・岳龍)、『レポマン』(84年)などのアレックス・コックス、『下妻物語』(04年)でデビューする直前の中島哲也、劇作家で俳優の岩松了などが名を連ねていた。つまり、12本のオムニバス短編映画のようなものだ。
多少わかりにくくてもOK
つまり、『私立探偵 濱マイク』は、テレビの連続ドラマの形を借りたファッション、音楽、映画、お笑い(芸人も数多く出演している)、アートなどをひっくるめた総合プロジェクトだったということだ。
撮影はすべて16ミリフィルム、1話の撮影に2週間を費やす破格の体制がとられている。それぞれのエピソードに登場する脇役にも豪華キャストを揃えていたため、莫大な予算がかけられていたことだろう。実質プロデューサーの役割を果たした永瀬は、「読売テレビさんはじめ偉い方々にノッていただけた」と振り返っている(ytvメディアデザイン 7月1日)。テレビ局の広告収入がピークに達したのが00年のことだから、本当に時代が良かったのだろう。
ジャンルレスなストーリーで、わかりやすさを求めず、たっぷり予算をかけて、ドラマの枠にとらわれない面白さを追求した作品が『私立探偵 濱マイク』ということなのだろう。ボーダーレスに活躍していた永瀬の人脈があり、多少ストーリーがわかりにくくてもOKが出るおおらかな雰囲気が残っていて(ツイッターどころかインターネットも普及していなかった)、ドラマに予算をかけられた時代でもあった。
「テレビドラマはこうあるべき」という既成概念をぶっ壊し、「何か面白いこと」「何かカッコいいこと」がプライムタイムの連続ドラマで見せることができた稀有な例なんだと思う。
さまざまな場所から現れた作り手たちのクリエイティビティが突っ込まれているわけだから、当然『私立探偵 濱マイク』を観る人たちのクリエイティビティも刺激される。永瀬は後に多くの俳優やスタッフ、クリエイターたちから「『濱マイク』観てました!」と声をかけられたという。林海象監督の映画・濱マイクシリーズ3部作も良作だが、やっぱりテレビドラマが届く飛距離というのは(たとえ視聴率がそれほど良くなくても)とても大きい。
今回の配信で『私立探偵 濱マイク』を知らない若い世代がこの作品を観たらどう思うだろうか? 整合性のないストーリーに苛立つ考察好きなドラマファンは腹を立てるかもしれないが、数%の人たちは「ドラマでこんなことやっていいんだ!」「ドラマって面白いんだ!」と思うかもしれない。きっとそれで『私立探偵 濱マイク』の役割は十分果たしたことになるのだと思う。
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。