猫が母になつきません 第282話「とりあげる」
長い間パソコンは母のいい友人でした。最初に私が母のためにパソコンを買ったのは20年前。父が亡くなった直後、一人暮らしになる母とメールのやりとりをするためでした。まだ自分のパソコンを持つ高齢者の方は少なかったので、母はパソコンを使えることが自慢なようでした。そんな母が食事もせずにパソコンを見続けるようになったのは今年《自分の悪口がネットに書かれている》という夢を見てから。母はその夢が現実に起きたことだと思い込み、何ヶ月も毎日インターネットで自分の悪口を探していました。自分の名前と住んでいる町の名前を入れて検索するのですが当然何も見つかりません。しかし何もないことも気に入らないようで、何度でも検索するのです。「妄想」という症状は認知症の約15%の人にみられるというデータがあります。その多くは自分が被害者になる「被害妄想」。よく聞くのは「物盗られ妄想」で、実際それもありましたが疑われるのは私で、主に家の中で起こることなのでまだよかった。「陰で悪口を言っている」「のけ者にされている」「嫌われている」といった対人関係の被害妄想は外の人が関わってくるのでやっかいです。母はコロナ禍で人と接する機会がなくなってから急に被害妄想が強くなったので孤独感や喪失感が原因なのでしょうが、その舞台がネットって…。人に話すと「新しいね」とおちょくられますが、事態はけっこう深刻です。パソコンをとりあげても妄想自体はなくなっていないので根本的な解決にはなっていません。じっと座っている時間を減らすくらいです。きっとこれからはこんな高齢者が増えていくのでしょう。物心がついたときからスマホやSNSに触れてきた世代が高齢者になる頃には母のような妄想をする人がわんさかいて、デジタルの世界はまた一味違う盛り上がりを見せるかもしれません。母はその第一世代…やっぱり新しいのかな。
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作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。