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五輪開会日にブルーインパルスが飛ぶ 『空飛ぶ広報室』で脚本家が描いたメディアの危険

 TBS「日曜劇場」をさまざまなテーマで考察する隔週連載。今回は『空飛ぶ広報室』、ブルーインパルス隊員(綾野剛)と報道記者(新垣結衣)の仕事と恋のドラマである。脚本の野木亜紀子は、のちに『逃げるは恥だが役に立つ』「MIU404』などの大ヒットドラマを手掛けることになり、人気脚本家の原点とも言うべき作品である。ドラマを愛するライター・近藤正高が、ドキュメンタリー出身ならではの野木ドラマの魅力に迫る。

ブルーインパルスと言えば『空飛ぶ広報室』

 東京オリンピックが開幕する今週金曜(7月23日)、東京都内上空を航空自衛隊のブルーインパルスがアクロバット飛行(正式な名称は展示飛行)を行う。ブルーインパルスは、続く東京パラリンピックが開幕する来月24日にも展示飛行が予定されている。

 ドラマでブルーインパルスが登場する作品というと、新垣結衣主演の『空飛ぶ広報室』を思い出す人もいるのではないだろうか。その劇中では、綾野剛演じる航空自衛隊(空自)の戦闘機パイロットだった空井大祐が、幼い頃から夢だったブルーインパルスの隊員に抜擢されるも、直後の交通事故で足を負傷し、失意のまま1年を経て航空幕僚(空幕)監部広報室に配属される。

 これに対し新垣結衣が演じるテレビ局(帝都テレビ)のディレクター・稲葉リカは、もともとは報道記者だったが、取材に熱を入れるあまりトラブルを起こし、夕方の情報番組に転属されていた。そこで、チーフディレクターから自衛隊を取材するよう命じられたのを機に空幕広報室に出入りするようになり、空井と出会う。

 互いに夢をかなえながらも、失意のうちに別の部署に移った2人を軸とするのは原作と同じだが、原作では空井が主人公なのに対し、ドラマはリカに変更されている。リカが取材トラブルが原因で報道局から異動になるというのも、ドラマ独自の設定だ。舞台となるのが自衛隊という一般にはちょっと馴染みの薄い組織だけに、テレビ局員という外部の人間を主人公に据え、その視点から描いたほうが視聴者にも入り込みやすいという判断からだろう。

『逃げ恥』野木亜紀子の原点

 同作が放送されたのは2013年と、ちょうど東京でのオリンピック・パラリンピック開催が決まった年だ。有川浩の同名小説を脚色したのは野木亜紀子。その後、『逃げるは恥だが役に立つ』や『MIU404』など話題作を次々に手がけることになる野木にとって、本作が単独で手がけた初めての連続ドラマであった。『逃げ恥』は本作と同じく新垣主演、『MIU404』では綾野が星野源とW主演を務めている。その意味でも『空飛ぶ広報室』は、現在まで続く野木の原点といえる。

 新垣演じるリカの取材姿勢は攻めの一点張りで、それもきちんと下調べした上でのことであればまだいいのだが、基本的な知識もないのに、知った風なことを言うからハラハラさせられる。さらに情報番組に対しても報道より格下と見なし、コーナーディレクターの仕事もおざなりにしがちだった。ドラマでは、そんな彼女が心を入れ替えていく過程が丁寧に描かれている。そのなかで印象的なのが、第2話で、情報番組内の街のグルメを紹介するコーナーのため、リカがナポリタンが人気の洋食店を取材するエピソードだ。

 見たところ、どこにでもあるようなナポリタンがどうして人気なのか、リカにはわからなかった。時間がなくて結局自分で食べることもなく、とりあえず取材を終え、VTRを編集していると、チーフの阿久津(生瀬勝久)から、この店のナポリタンにはどうしてコールスローがついているのかと訊かれる。さらに台本にあった「懐かしい味」という言葉を指して、「これは誰の気持ちだ?」と訊かれ、彼女はほかに特徴がないので一般論で書いたと答えるのだが、「おまえ、そのままだと一生無能なままだぞ」と言われてしまう。

 その後、空井がその店でナポリタンを食べたと言うので、再び店を訪ねたリカは、自分でも食べてみて、そこに店主の客へのさりげない気配りが込められていることにやっと気づく。ここから、かつての取材でのトラブルも、相手の気持ちを考えなかったことにそもそもの原因があったことに思いいたるのだった。どんな仕事にも通じる大切なことをリカと一緒に教えられ、見ているこちらも思わず背筋がピンと伸びた。

 リカは、当初は気乗りしなかった空自の取材にも、しだいにのめり込んでいく。広報室の人たちは、室長の鷺坂(柴田恭兵)をはじめ、いずれも個性的な面々だ。鷺坂は、言葉巧みに相手を懐柔してしまうことから「詐欺師」の異名をとる。おやじギャグを連発したりと一見、軽薄に見えるが、そのじつ、部下のことをいつも気にかけている良き上司だ。そんな鷺坂にはつらい過去があった。最愛の妻が死の床にあったとき、ちょうど阪神・淡路大震災で緊急出動を余儀なくされ、臨終に立ち会えなかったのだ。

 リカは鷺坂だけでなく、広報室の紅一点である柚木(水野美紀)が自衛隊の女性幹部の先駆けゆえに、組織内で孤立して悩んだ経験があることや、広報室の一番のベテランである比嘉(ムロツヨシ)がなぜ昇進を望まないのかその理由など、メンバーがそれぞれ背負ったものを取材を通して知ることになる。そうやって広報室にしだいに馴染んでいくうちに、空井とも互いに心を引かれ合っていくのだった。それはドラマとしてはいい展開なのだが、果たしてメディアの人間が取材対象にそこまで入れあげてしまうのはどうだろうか……と、その距離感がちょっと気になり始めたところへ、ある事件が起こる。

東日本大震災の起こる1年前

 発端は、空自が制作したPRビデオだった。そこでは、芳川(南明奈)という空自の女性整備員が、空自に入った動機として、輸送機のパイロットだった亡き父について語っていた。これに対し、ある識者が帝都テレビのニュース番組で、自衛隊をPRするために捏造した美談ではないかと批判する。広報室は帝都テレビに訂正と謝罪を求めて抗議するが、局側は一出演者の発言を訂正はできないと拒否。リカもまたミニ番組で芳川を取材していただけに、こうした局の対応に不満を抱き、捏造ではないと報道局長に訂正を申し入れるのだが、これが局内で波紋を呼び、彼女は空自の担当から外されてしまう。

 PRビデオの話は原作にも出てくるが、テレビ局内の問題にまで話を膨らませたのはドラマのオリジナルだ。野木亜紀子はもともとドキュメンタリー制作会社に在籍し、脚本家となってからも、『フェイクニュース』(2018年)や映画『罪の声』(2020年)など、ジャーナリズムの世界を舞台にした作品をたびたび手がけている。『空飛ぶ広報室』の上記の展開にも、野木のそうした経歴ならではの問題意識がうかがえる。

 ところで、このドラマは2013年に放送されたが、物語自体は2010年の春から始まっている。いまとなっては気づきにくいが、本放送時に観ていたら、きっとそれが東日本大震災の起こる1年前ということにすぐ気づいただろう。

 もちろん、この設定には意味があり、最終回では東日本大震災から2年がすぎた2013年4月、リカは被災地を取材のため訪れ、松島基地(ブルーインパルスの拠点である)に自らの希望で異動していた空井と再会を果たす。現実の世界ではちょうどその3月末に、それまで福岡の芦屋基地に待機していたブルーインパルスが松島に帰還していた。ドラマでもこれに合わせ、松島に戻ったブルーインパルスが試験飛行を行い、被災者たちを励ますことになる。このとき、基地の周辺には地元の人たちが集まり、飛行を見守った。これは空自が宣伝したわけではなく、リカが自発的に地元でチラシを配って告知したおかげだった。

 ちょうど『空飛ぶ広報室』と同じ年には、NHKで宮藤官九郎脚本の朝ドラ『あまちゃん』が放送され、最終回では、被災により運休していた北三陸鉄道が部分的に運転を再開し、やはり復興の兆しを感じさせたところで終わっていた。東日本大震災はその後、さまざまなドラマで描かれることになるが、この2作はまさにその先駆けということになる。

現実と虚構のクロス

『空飛ぶ広報室』の震災後の被災地の場面は、当然ながら現地にて撮影され、一種のドキュメンタリーにもなっていた。こうした現実と虚構のクロスは、このドラマの特徴の一つでもある。そこで思い出されるのは、最終回に松島基地の女性隊員役で、高山侑子が出演していたことだ。じつは高山の父親は、航空自衛隊救援隊のメディック(航空救難員)だった。残念ながら父は訓練中の事故で亡くなったのだが、彼女は追悼式のため訪れた東京でスカウトされ、芸能界に入ると、初の主演映画『空へ―救いの翼 RESCUEWINGS―』で亡父のいたメディック初の女性隊員を演じている。この経歴は、どこか『空飛ぶ広報室』の劇中で空自ビデオに出演した女性隊員のエピソードと重なる。

 メディックは日本唯一の全天候型レスキュー部隊であり、『空飛ぶ広報室』でも第7話に登場する。このとき、メディックの一員を演じたのが鈴木亮平だった。鈴木といえば現在、今季の日曜劇場『TOKYO MER 走る緊急救命室』でやはりレスキュー活動のため東京都知事が設置したという設定の架空の組織「TOKYO MER」のチーフドクター役で主演している。実在か架空かの違いはあるとはいえ、重大な使命を帯びた職業をテーマとしている点、また「走る緊急救命室」というサブタイトルからして、同作が『空飛ぶ広報室』に連なる位置づけにあることは間違いない。当連載でもこれに合わせ、これからしばらく特殊な職業や組織をとりあげた作品を振り返っていきたい。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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