連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第66回 つきっきりでお着替え」

 若年性認知症を患う兄と同居し、日常生活のサポートを続けているツガエマナミコさん。病気が原因で会社を辞めた兄のハローワークや病院への付き添いなど、兄のためにかける時間と労力はやはりなかなか大きく…。その上、少しずつ、できなくなってきたことが増えてきた兄の様子に揺れる心を綴ります。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。 

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 * * *

ハローワークへ行くの、とても大変なのです…

 12回目のハローワークに行ってきました。「これで最終回だ」と思ったのですが、「2日分残っていますね」と言われ、13回目も付き添いで行かねばならないツガエでございます。

 コロナ禍なので、就職先を相談することもなく「こんなときですからなかなかね…」などと会話しながら、ただただ失業保険をいただくためだけにほぼ1年間、片道50分を往復いたしました。会社都合&障がい者ということで一般のケースよりも長く失業保険をいただけたのはありがたく思っております。しかし、それもいよいよ終わりです。

 ハローワークは毎回、働き盛りの男女がなかなかの濃度で密になっておりました。座席は1つ飛ばしなので座れることはほとんどなく、少なくとも30~40分は毎回立ち待ち。自意識が邪魔をして空いたところにスッと座ることができないので「いいえ、わたくしは立っているほうが好きナンザマス」という設定で、結果ひどく疲労して帰ってきた思い出しかございません。

 兄は「今日はハローワークの日だからね」と言うと顔が曇ります。

 この前の病院の日は、自主的に短時間で完璧に着替えを済ませた兄でしたが、ハローワークは気が乗らないようで着替えに手がかかりました。

 まず、なかなか着替えようといたしません。「どこ行くの?」「ハローワークだよ」という数回のラリーがあってやっと着替えのモーションに。でもしばらくは無意味な動きです。

 一向に進まない兄にわたくしが「簞笥の1番上の引き出しあけて」と言うと、「えっと、タンス?」と言いながら、わざとかのように簞笥とは違うほうを向いてあらぬ場所を指さします。

「あれ、簞笥どれかわからなくなっちゃった?」と言うとゆっくり体の向きを変えて「これ?」と自信なさげに指さしたので「そうそう、それだよね」と少し大げさにリアクションいたしました。内心は「うわ~、簞笥がわからんってどないやねん?」と危機感を感じ、今日の着替えは大仕事になると確信いたしました。

 案の定、自分では洋服を選ぶことも、取り出すこともできず、痺れを切らしたわたくしがしゃしゃり出て「これと、これと、これ着てちょ」と布団の上に並べました。その後も兄は服をつまみ上げるばかりだったので、「今着ているのを脱いで、それを着るんだよ」と説明。それでも「え?これを脱いで? どれを着るの?」と理解ができない様子でした。

 こういうときには一つ一つ区切ることが大事。「まず、今着ているTシャツを脱ごう」と言って上半身を脱がせた後に、「白のTシャツを着よう」、「その上に青のチェックのシャツを着よう」、「次は今穿いているスエットを脱ぎましょう」、「チノパンを穿いてくださいな」と、兄のスピードに合わせて順番に指示を出していきました。

 変に几帳面なので脱いだら畳むことも忘れません。「そんなのいいからっ」と心で舌打ちしながら、結局つきっきりです。しかも畳む動作は丁寧なのに畳み終わりはグチャグチャ…。

 そして、いつもどこにあるのかわからなくて時間を取るのが鍵とパスケース探しでございます。カバンの中か、ズボンの中か、上着の中か、簞笥の引き出しか、はたまたカラーボックスのゴチャゴチャした中か……、毎回数分は宝探し状態でございます。

 わかりやすく見える場所を見つけて「必ずココに置くことにしようよ」と決めたところで、兄はそんな規制の枠に収まるような小者ではございません。いざ出かけるときには、やっぱりない。そして一切覚えていないという大御所なのです。

 かといって取り上げてわたくしが管理するのも何か違う。鍵が自分の管理下にないのは嫌だろうと思うのです。でも忘れているのだからいいのでしょうか? 調子がいいときもあるので今は微妙なラインかもしれません。

 身体的な介護には至っていませんが、兄が物事を記憶できないことの弊害はこまごました日常に散らばり、同居する人間の時間や体力や精神をむしばんでゆきます。わたくしはいつになったら諦めゾーンの介護から仏ゾーンへと昇格できるのでしょうか…。

つづく…(次回は11月12日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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