健康

不眠症が認知症、がん、高血圧を招く|改善する薬の飲み方、環境と習慣の作り方

「羊が100匹、羊が101匹…どうして羊なのかしら?」。考えているうちに、ああ、また空が白んできた…。眠れない日々をお過ごしなら、睡眠薬もホットミルクも、今夜から手放した方がいい。その努力こそが、あなたを毎晩苦しめている犯人なのだ。放っておくと、今度は二度と目を覚ませなくなるかも──。

 滋賀県に住む菅井近子さん(58才)は「最近、夜が来るのが怖い」と言う。

「22時頃にウトウトするのですが、深夜2時頃にはパッと目が覚めてしまうんです。毎晩、それからが苦しい。ずっと真っ暗な天井を見つめながら、“眠れないな、眠れないな”と何時間も…」

 朝方に眠くなってきても、すぐに夫の朝食の準備に起きなくてはならず、それから一日中ずっと睡魔について回られる生活だ。体を疲れさせようと激しい運動をしてみてもダメ。夕食に苦手なお酒をあおってみても、さらに眠りが浅くなるばかりだった。

「意を決して病院に行きました。今は睡眠薬『デパス』が手放せません」(菅井さん)

不眠症とは?

「不眠と不眠症は微妙に異なります」

 と話すのは、快眠セラピストで睡眠環境プランナーの三橋(みはし)美穂さん。

「不眠とは『寝つきが悪い』『夜中に何度も目を覚ます』『早朝に目が覚める』『眠りが浅くて熟睡感が得られない』状態を指します。これらの症状が週に3回以上あり、日中の活動に支障をきたす状態が3か月以上続くと、医師から『不眠症』と診断されます」

 不眠症には至らずとも、不眠の症状を抱える人は多い。厚労省の調査によると、日本人の5人に1人が「なんらかの不眠がある」と自覚している。年齢別では60代以上の3人に1人が不眠で、特に女性が多い。中高年の女性にとって、不眠は身近な存在なのだ。

不眠症チェックリスト

 下の不眠症チェックリストは、WHOが定めたもの。自分では気づかないうちに不眠が進行していることもある。

不眠症チェックリスト

不眠の原因はホルモンバランスとストレス

 なぜ60代以上の女性は不眠になりやすいのか。

「この世代の女性特有の理由がある」

 と、名古屋市立大学睡眠医療センター長の中山明峰(めいほう)さんが解説する。

「加齢によって日中の活動量が低下するだけでなく、女性はホルモンバランスの乱れも顕著です。女性ホルモンが減って代謝が落ちると太りやすくなり、それがさらに活動量を低下させ、眠れなくなるというサイクルができます」

 更年期障害によるストレスが原因の不眠も多い。雨晴(あまはらし)クリニック院長の坪田聡(さとる)さんが指摘する。

「この世代の女性は、特にストレスの原因になるものが多い。子供の自立で喪失感を抱くことや、夫が定年退職して家にいがちになることもストレスになっているのです」

 中山さんも、女性ならではの理由を挙げる。

「家族に合わせた生活をしてきた専業主婦のかたが多いので、子供や夫の生活リズムが変わり、自分のペースが乱れてしまうのも一因です。専業主婦よりも、定時の仕事があって生活にリズムがある人の方が、不眠になる確率は低い」

 加齢や家族に原因があるなら、中高年女性の不眠はもはや不可抗力に思えるが、もっとも大きな原因は「眠れない」という不安と焦りだという。

「8時間眠らないと体に悪い、長時間眠るほど体にいいと思い込んで、結局そんなには眠れずに『今日も睡眠不足だ』とストレスを感じ、ますます眠れなくなっている人が多い」(坪田さん)

 冒頭の菅井さんもその1人だ。長く眠ろうとするあまり寝床にいる時間が長くなり、それが「眠れない」という焦りを生み、余計に眠れない。

「60代くらいなら、適切な睡眠時間は7時間、もっと高齢なら6時間程度でもいいくらいです。それなのに、多くのかたが無理に8時間以上眠ろうとします。若い頃に睡眠不足だったと自覚している人ほど『昔の分も寝ないといけない』と思って、長く眠ろうとしすぎる傾向にあります。その結果、かえって質の悪い睡眠をダラダラととってしまったり、途中で目が覚めてなかなか寝つけなかったりという状態になる」(三橋さん)

起きていると脳に“ゴミ”がたまり、認知症の原因に

 しっかり眠ろうとするあまり、不眠になるなら本末転倒。その先には、“寝不足”では済まない大病が控えている。

「脳の中では、寝ている間に“掃除”が行われます。起きている間は細胞が活発に動いているため、どうしても“ゴミ”が出ます。脳内に発生するたんぱく質の『アミロイドβ』です。本来は夜寝ている間に脳から洗い流されるのですが、睡眠が不充分だと、いつまでも脳の中にたまってしまい、認知症の原因になるのです」(坪田さん・以下同)

 アミロイドβはアルツハイマー型認知症の原因物質として知られている。不眠が招く病気はそれだけではない。

「肥満や高血圧症といった生活習慣病は、不眠によって引き起こされます」

 埼玉県に住む主婦の霜山晴美さん(48才)はこんな悩みを抱える。

「最近、何も食べなくても太るんです。数年前から不眠に悩まされていて、病院で睡眠薬を処方してもらっているのですが、もしかして、薬の副作用なんでしょうか…」

 確かに副作用として食欲の増進がみられる睡眠薬は存在するが、「何も食べなくても太る」というのはむしろ“不眠の副作用”といえる。

「眠れない状態が続くと、脳が『危険な状態だ』と判断し、ストレスホルモンの一種『コルチゾール』が大量に分泌されます。すると、体がエネルギーを蓄えようと血液中の糖を増やします。そうして上がった血糖値を下げようと、肥満の原因となる『インスリン』の分泌が促されるのです」

 インスリンは体に脂肪をため込む作用も持っているため、たとえ一切食べ物を口にしなくても、夜眠らないだけで太っていくのだ。

「血糖値が高いと血管が傷んで、高血圧になりやすくなります。また、本来、人間は夜眠っている間に血圧が下がり、朝になると上がるもの。しかし、不眠だと血圧が下がりきらないままなので、どんどん上がっていく。眠れないストレスで自律神経のバランスが乱れ、血液の心拍出量を増やす『アドレナリン』と血管を収縮させる『ノルアドレナリン』が分泌されることも、高血圧の大きな原因の1つです」

 交替制勤務などで睡眠の状態が悪い人は、乳がんや大腸がんの発症率が高いというデータもある。不眠は万病のもと。眠れない夜が続くと、死に至ることもあり得るのだ。

不眠治療のための薬の種類

不眠症治療のための処方薬・市販薬

 不眠を解消するうえで、いちばん手っ取り早いのが睡眠薬の服用だろう。病院で処方されるものがほとんどだが、注意が必要なものもある。特に「デパス」「ハルシオン」などの有名な睡眠薬が分類される、ベンゾジアゼピン系と呼ばれるもので、脳の興奮を抑えるGABAという神経伝達物質の働きを促す薬だ。

「日本では長く使われてきましたが、翌日への眠気の持ち越しやふらつきなどの副作用があります。特に高齢者では攻撃性の増加もみられる。長期使用すると強い依存性が生じ、“危険ドラッグ”よりも有害性が高いとされています。2007年に医学誌で有害性があると指摘されて以来、海外では規制が進んでいましたが、日本は遅れを取り、2010年時点の処方数は世界1位でした。昨年、ようやく国内でも投与に規制がかかりました」(中山さん)

 処方薬にはそれ以外にも大きく分けて、副作用が出やすい順に「非ベンゾジアゼピン系」「オレキシン受容体拮抗薬」「メラトニン受容体作動薬」の3種類がある(上の表参照)。

「市販のものは手軽ですから、『旅行先で眠れない』などの場合に使うのにはいいでしょう」(坪田さん)

 処方薬も市販薬も、服用する時間帯には注意すべき。夜遅くにのむと、翌日の日中の活動に支障が出ることがあるからだ。

 効果の高い薬は危険性も高く、安全な薬には“劇的”といえるほどの効果はない。

薬より睡眠環境の見直しを

 中山さんは、「深刻に悩んでいる人ほど、薬に頼るよりも睡眠環境を見直すべき」と諭す。

「医師も、薬の処方より先に睡眠衛生の指導を行います。睡眠衛生がしっかりと整っていなければ、どんな薬も充分な効果を発揮できません」

理想は温度33℃±1℃、湿度は50%±5%

 三橋さんは、真っ先に温度や湿度の管理を挙げる。

「特に、寝床の中の温度と湿度が大切です。33℃±1℃、湿度は50%±5%が、一年を通じて快適に感じられることがわかっています。寝室の温度は18℃から28℃、湿度は40%から60%に保つのが理想です」(三橋さん・以下同)

 これからの季節は、寝室の温度は18℃以上には保ちたい。

「寝室が寒いと、布団やパジャマだけで温度調節をしようとするかたがいますが、それは間違い。夜中にトイレに起きた時などに、寝床と部屋の温度差が大きくなり、ヒートショックの原因になります」

 快眠と健康のためには、部屋ごと暖めるのが正解だ。そのうえで、音や光にも配慮したい。遮光カーテンやじゅうたんを使って、できるだけ刺激の少ない睡眠環境づくりを心がけよう。

「もしも夜中にトイレに行きたくなったら、照明はできるだけつけないこと。懐中電灯やスマホの明かりで、足元だけを照らすようにしましょう。強い光を浴びたり目に入れたりすると、体が朝だと勘違いして目覚めてしまいます」

日中の活動(運動)も大切

 日中の運動も夜の睡眠を大きく左右する。

「運動習慣のある人は、睡眠の質が高い傾向にあります。ジョギングなどの適度な有酸素運動をすることで寝つきやすくなりますし、ストレス解消にも役立ちます」(中山さん)

入眠リラックス法

 睡眠環境を整えて、日中も活動的に過ごしたら、さらに寝つきをよくするための“入眠儀式”を試してみよう。代表的なのは、筋肉の緊張を取り去る「筋弛緩法」だ。

「5秒くらい全身に思い切り力を入れて硬直させ、一気に脱力する方法です。体がリラックスして寝つきやすくなります」(坪田さん)

 おすすめのリラックス法はほかにもある。

「4-7-8呼吸法という、ヨガの呼吸方法を試してみてください。4つ数えながら鼻から息を吸い、7つ数えながら息を止め、8つ数えながら口から息を吐くというものです。自分が心地よいと感じるペースで、4~10回ほど繰り返してみてください」(三橋さん)

 ただし、リラックスしようとしてお茶などの飲み物を飲むのは避けた方がよさそうだ。

「就寝前の水分を控えれば、夜中にトイレに起きるのを避けられます。特にカフェインの入ったコーヒーや紅茶などは、寝る4時間前からは摂らないように。ただ、脳梗塞や狭心症など、血液の循環に問題のあるかたは主治医への相談が必要です」(中山さん)

「長く眠ろう」「よく眠ろう」と頑張りすぎるより、“つい眠ってしまう”環境と習慣づくりが、不眠の苦しみから私たちを解放してくれそうだ。

教えてくれた人

三橋(みはし)美穂さん/快眠セラピスト。睡眠環境プランナー。

中山明峰(めいほう)さん/名古屋市立大学睡眠医療センター長。

坪田聡(さとる)さん/雨晴(あまはらし)クリニック院長。

※女性セブン2019年11月28日号

●「海藻を分解できるのは日本人だけ」など 最新研究でわかった日本人の驚くべき体質

●高齢者の多剤服用に厚労省が警鐘!弊害と減薬方法

●「寝不足脳」が健康を脅かす|睡眠時間6時間未満は認知症や糖尿病リスクが激増。正しい睡眠とは

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