分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」が介護や育児と仕事の両立を実現!? 開発者吉藤オリィ氏が考える高齢者問題
2019年10月7日から10月23日まで、都内で一風変わったカフェが期間限定でオープンした。店名は「分身ロボットカフェ DAWN ver.β2.0」。このカフェの大きな特徴は、接客する店員がすべてロボットであること。実は、そのロボットは遠隔操作。病気などで外出することが困難な人たちによるもの。こうした取り組みを行ってきた、「オリィ研究所」代表の吉藤オリィ氏に話を聞いた。
スマートホン感覚で操作可能
分身ロボットカフェでは、2種類のロボットが働いている。一つは卓上で注文を受ける高さ23センチの「OriHime(オリヒメ)」で、もう一つは注文された商品を運んで客に提供する高さ約120センチの「OriHime-D」だ。白くツルッとした頭部は首の角度や仕草で、操縦者(パイロット)の喜怒哀楽を示すことができる。このデザインは能面を参考にしているという。また、腕の動きも合わせるとさらに豊かな感情表現も可能だ。カメラによってロボット周囲の状況や客の顔も見られる。
「子育てや単身赴任、入院など、距離や身体的問題によって行きたいところに行けない人がいます。でも現代のロボット技術を使えば、それを解決することができます。もう一人の自分になれるから、『OriHime』シリーズを分身ロボットと呼んでいるんです」(吉藤さん、以下「」内は同)
今回開催されたカフェでは17歳から58歳までの人々が、遠隔地から分身ロボットの操縦者(パイロット)として参加している。
「その中には事故で脊椎損傷を負った人やALS(筋萎縮性側索硬化症。手足や喉の筋肉がやせ衰えていく難病)で寝たきりの人など、障がいのあるメンバーが多いのですが、オーストラリア在住の健常者の女性もいます。『距離』も障がいの一つとして考えているからです」
分身ロボットは、動かせる体の器官を使って操作できる。音声入力や視線入力など。スマートホンの使い方がわかる程度の知識があれば、1週間程度でマスターできるという。こう見ていくと、福祉的な狙いで開発されたもののようにも思える。
「きっかけは、私の子ども時代の体験にあります。病気がちだった私は小学校5年生のとき、しばらく入院することになりました。それが引き金になって退院後、不登校とひきこもりになり、約3年半ほとんど学校に通うことができませんでした。その間に、学校が自分の居場所ではなくなってしまう感覚がわき起こりました。部活をしばらく休むと行きにくくなったり、育児で休職していた女性が職場復帰をするときに出勤しづらくなったりすると思います。このように自分の居場所がなくなる感覚は、学校や職場に限らないでしょう。私はそのことを小学生のときに強烈に実感したんです」
その場にいないことで忘れられたり疎外されていったりすると、社会復帰に二の足を踏んでしまうのはあり得ないことではない。吉藤さんは、世の中が「身体至上主義」であるからだと語る。
「学校も仕事も、買い物も遊びも、体があることを前提に世の中がデザインされているんです。じゃあ、体が動かなくなったときにどうやって学校に行けばいいのか? 仕事をすればいいのか? 高齢者問題も同様です。『セカンドライフ』という言葉がありますが、健康寿命の平均年齢は75歳。その後は病院や家から出られなくなる時期がやってくるでしょう。私はそれを『サードライフ』と呼んでいます。そこから先どこで働くか、どうやって楽しく生きていくかというモデルを、いま自由に体を動かすことができないメンバーたちと、OriHimeを使って一緒に作っているところなんです」
参加できない行事に分身で
分身ロボットという言葉は耳慣れないが、すでにたくさんの人たちに多様な使われ方をしているという。すでにOriHimeをテレワーク(情報通信技術を活用し、場所や時間の制限のない働き方)に活用している企業もある。
「NTT東日本では現在、66台のOriHimeが使われています。利用者の多くが育児休暇中の女性です。自宅に居ながらプロジェクトの企画から打ち合わせまでスムーズにこなして成功させ、昇進したケースもあります。また、遠方で親の介護をしながら都内のオフィスで行われる会議に参加している方などもいらっしゃいます。導入している企業ではOriHimeによる子育てや介護と仕事の両立は、今後さらに増えていくでしょう」
仕事以外にもOriHimeは、わが身の分身として活躍の場がある。
「いくつか報告を受けているのが、お墓参りです。お墓は段差や階段のある場所に作られていることが少なくありません。車椅子でも困難なため、お墓参りをあきらめてしまう人が多いんです。それが『OriHimeを使ってお墓参りに行きました!』、と言う人が増えてきました。私たちが考えもつかなかった素晴らしい使い方を、ユーザーがどんどん発見し、教えてくださるんです。お客様というよりも共同開発者のように感じています」
吉藤さんいわくOriHimeを出向させたら身体は離れた場所にあっても、使用者はその場にいたことになるという。
「寝たきりの80歳の男性は家族旅行にOriHimeを持って行ってもらい、自宅から会話しながら景色を堪能しました。ALSを患って卒業式に出席できなくなってしまった教頭先生が、通信機能でスピーチをしたケースもあります。その場にいた人たちがOriHimeでの参加を覚えていたら、それは『一緒にいた』ということになるんじゃないかと思うんです」
これらは普通のパソコンでも可能だが、OriHimeは感情を身振り手振りで表現することができるし、見たい方向にカメラを向けることもできる。また、愛らしい実体があるので記念写真に一緒に写れば、人々の記憶に残りやすいだろう。
最後に、多くの可能性を秘めている分身ロボットが、より身近になるために必要なことを聞いてみた。
「車椅子の存在をみんなが知っているように、身体が動かなくなったときに誰でも簡単に使える『OriHime』というものがあることを知ってもらうことです。多くの雇用の場にも分身ロボットの可能性を伝えていきたいと思っています」
吉藤オリィ
株式会社オリィ研究所 代表取締役CEO。1987年奈良県生まれ。小学5年生から中学2年生までの3年半、不登校となる。高校時代に新機構の電動車椅子を開発し、高校生科学技術チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞を受賞、世界最大の科学大会ISEFにてGrand Award 3rdを受賞。高校卒業後、高等専門学校に編入し、人工知能を研究。早稲田大学創造理工学部に入学後、分身ロボットの研究開発に専念。2012年に株式会社オリィ研究所を設立し、2015年に『OriHime』をリリース。青年版国民栄誉賞「人間力大賞」受賞。2018年にデジタルハリウッド大学大学院の特任教授に就任。著作に『「孤独」は消せる。』がある。
取材・文/熊谷あづさ
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