71才で脳梗塞を発症した男性の願い「もう一度働きたい」仕事の選び方や働き方の注意ポイントを社会福祉士が解説
厚生労働省の調査によると、脳梗塞などの脳血管疾患の総患者数は約189万人と推計され、発症年齢の中央値は、男性が72~75才前後、女性は78~82才前後と、70才以上が7割を占めている。70代で脳梗塞を発症した知人から、「また働きたい、社会の役に立ちたい」という相談を受けた社会福祉士の渋澤和世さんに、実例をもとに働き方のポイントを解説いただいた。
この記事を執筆した専門家/渋澤和世さん
在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)、監修『親と私の老後とお金完全読本』(宝島社)などがある。
脳梗塞を経験した男性Aさん(71才)「もう一度働きたい」
脳梗塞で倒れた経験をもつ、知人の男性Aさん(71才)から「もう一度働きたい」と相談を受けました。
病で倒れ、職や役割を失ったとき、人は何に葛藤するのでしょうか。「命が助かったのだから十分」という周囲の安堵とは裏腹に、当事者の心を占めるのは「社会とつながり、誰かの役に立ちたい」という強い想いではないでしょうか。
病を経験したとしても、「もう一度働きたい」という焦りや葛藤は誰にでもあると思います。Aさんの実例をから、脳梗塞などの病後の働き方について考えてみたいと思います。
※実例をもとに一部設定を変更しています。
Aさんの葛藤と今後の復職への思い
Aさんは定年退職後、近所の配送業者で契約社員として元気に働いていました。食事中に箸を落とすことが増えたことを「年をとった」と笑い飛ばしていましたが、後から振り返ると妻はその小さな変化に違和感を覚えていたといいます。
ある日、Aさんは倒れて救急搬送され、脳梗塞を発症。発見が早かったので命は取り留めましたが、片側に麻痺があったため、しばらくのリハビリ期間を経て、在宅復帰されました。
元の職場からは復職を望む声が届いていましたが、その後も軽い麻痺が残っていたため、医師からは「運転業務は難しいでしょう」と言われていました。
退院から半年が経過。やることがなく一日中自宅で過ごす日々に焦りと不満が募り、夫婦喧嘩も日常茶飯事に。元気だった頃とのギャップに悩み、妻との関係にも亀裂が生じ始めています。
「もう一度働きたい、自分にできる仕事はないか」。かつての居場所を失い葛藤しながらも、男性は生きがいと社会的役割を取り戻すため、真剣に新たな一歩を模索し始めました。
再発防止を心がけながら負担ない仕事を見つける視点を
Aさんのように軽い麻痺が残っていても、再発防止を心がけながら、健康状態に応じた職種を選び、環境や勤務時間を調整すれば働くことは十分に可能です。
「元の職場に復帰したい」「以前と同じ仕事がしたい」という思いは誰にでもあると思いますが、大切なのは「今の身体の状態で安全に、無理なくできる役割を見つける」という視点です。
現在の身体の状況を考慮し、再発につながらないように配慮して仕事を選ぶことがポイントです。
どんな仕事や職種が選択肢になるのか?
Aさんの場合は、運転や重い荷物の運搬、素早い動作が求められる作業は避け、「座ってできる」「自分のペースで進められる」「手元だけの軽作業」を中心に選ぶのが安全といえるでしょう。
手元中心の軽作業・検品(工場・物流倉庫・事業所など)
内容:シール貼り、商品の袋詰め・箱詰め、仕分け、不良品の目視チェックなど。
ポイント:立ったままではなく、椅子に座って作業できる環境を選びます。片手に麻痺があっても、治具(補助具)を使ったり固定台を利用したりすることで対応できる作業が多くあります。
デスクワーク・事務補助(オフィス・行政・福祉施設など)
内容:書類整理、伝票のファイリング、パソコンへの簡易なデータ入力、封入作業など。
ポイント:障害(見落としなど)の程度に応じて、単純で手順が明確なタスクから始めます。キーボード入力も片手入力用の配置や音声入力を活用する選択肢があります。
マンションの管理員・清掃サポート
内容:居住者の受付対応、館内の巡回チェック、負担の少ない範囲での清掃やゴミ出しの立ち会い。
ポイント: 体力を激しく使わない物件(エレベーター完備、小規模マンションなど)であれば、自分のペースで歩行・活動ができます。
シルバー人材センターの軽作業・屋内業務
内容:屋内でのチラシ折り、軽微な施設管理、回覧板の配布など。
ポイント:シルバー人材センター(市区町村単位に設置された公益法人、公益社団法人など)では、 原則として60才以上の高年齢者に比較的軽易な仕事を提供しています。一般企業よりも高齢者や身体機能の配慮が得られやすく、週1〜2日・短時間といったフレキシブルな働き方が可能です。
復職・就労に向けた4つのポイント
仕事を再開するにあたり、決して無理せず、まずは主治医に相談することから始めてみましょう。
主治医の「就労許可」と条件の確認
「1日何時間までなら安全か」「転倒リスクを考慮した立ち仕事の制限はあるか」など、具体的な判断を医師とよく相談し、「就労許可」を得ることが大切です。
短時間(週15時間未満など)からスタート
脳梗塞後は疲れやすさ(易疲労性)が強く出やすいといわれているため、最初は週2日・1日3時間程度などスモールステップで始めるのが長続きのコツです。
移動手段(通勤)の確保
運転のドクターストップがある場合、徒歩圏内、または家族の送迎・公共交通機関で無理なく通える範囲に絞りましょう。
公的な相談窓口の活用
以下のような相談窓口を活用しましょう。
・ハローワーク(専門援助窓口):障害や持病を持つ人向けの就職相談を行っています。
・地域の障害者職業センター・就労支援センター:身体の状態に合う仕事の分析や、職場定着のサポートを受けられます。
「働く」ことが予防や再発防止になるケースも
「働く」ことで得られる社会との繋がりや達成感は、脳梗塞後のリハビリや意欲向上にもいい影響があるとされています。まずは短時間の軽作業から始めてみるのが現実的です。
無理のない範囲で社会的役割を持つことは、心身の健康維持のためにいい影響を及ぼすこともあるでしょう。
仕事を持つことで起床・就寝・食事の時間が一定になり、生活リズムが安定し、心身の健康維持につながります。また、適度に身体を動かすのは、全身の血行も促進されるでしょう。そして何より、仕事を通じて他社と会話し、役割を果たす達成感などから、脳の活性化にも役立つのではないでしょうか。
こうしたポイントをふまえ、前述のAさんは、運転業務は卒業し、週に2~3回、地域ケアプラザの共用部の拭き掃除、備品補充の仕事をスタートさせました。
脳梗塞の再発を防ぐために最も重要とされる予防策は、「原因となる生活習慣病のコントロール」「処方薬の確実な服用」「再発の兆候を見逃さないこと」が挙げられています。
再発防止に向けた薬・運動、仕事の範囲については、かかりつけ医や主治医の指示のもとで安全に進めていくことが大切です。そのうえで、無理のない範囲での活動を心がけていきましょう。
