猫が母になつきません 第440話「こうぼう」
この体勢をとったら最後…とわかっていてソファで寝てしまう。一人暮らしになってからはほとんどそういうこともなくなったけれど。母と暮らしていた頃は夜中に起こされることが多かったのでソファ寝はしょっちゅう。半分くらいはソファで寝ていたかもしれません。
先日東京の友人が電話で、施設に入っているお母様(90代)が最近愚痴っぽくて面会に行っても滅入ると言う。「人の悪口とか、昔の嫌な記憶とか、とにかく暗い話しかしかしないんだよ」「生きててもしょうがないから早く死にたいって言うし」。12年間愚痴っぽかった母を見送った私にしてみれば、そんなの普通だし、死にたいと言ってても、もしその首に手をかけでもすれば全力で突き飛ばされると思います。
私はつい「いいじゃないですか、一緒に住んでいるわけでもないんだし聞いてあげれば。私なんか毎晩2時に起こされて悪口聞かされてましたよ」と突き放してしまいましたが、それこそ「大変ですね」と受け止めてあげればよかったかと後でちょっと後悔しました。みんな聞いてほしいだけなんですよね。母なんて「聞いてほしい」だけで生きてた気がします。被害妄想の話なんてなんの不満もなく暮らしているからこそ自分でネタをこしらえて人に話しているようなものです。自分の価値を量っていたのかもしれません。今思えば理解できることも多いのですが、一緒に暮らしているときには攻防の様相を呈してしまうことが多く、話を聞いてあげているつもりでも反論してしまったり、拒否してしまったりでいい終わり方をしたためしはなかったと思います。ただ受け止める、それは意外と難しいことでした。
さびとの攻防はいつも私の完敗。ベッドで一緒に寝たいさびは最初はやさしい攻撃を仕掛けてきますが、最後はとどめの一撃で胸の上で一点に体重をかけてくるので苦しくて起きるしかない。さびのフォール勝ちです。私は半分寝ながらそんな攻防を楽しんでいますが、さびにはほんとに手がやける同居人だと思われているのでしょう。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母と暮らすため地元に帰る。ゴミ屋敷を片付け、野良の母猫に託された猫二匹(わび♀、さび♀)も一緒に暮らしていたが、帰って12年目に母が亡くなる。猫も今はさびだけ。実家を売却後60年近く前に建てられた海が見える平屋に引越し、草ボーボーの庭を楽園に変えようと奮闘中(←賃貸なので制限あり)。
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