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兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第272回 老いを感じます】

 兄が特別養護老人ホームに入所して2か月近く経ち、一人での暮らしに慣れてきたツガエマナミコさん。一人になってみて改めて気づいたこと、その心境を綴ってもらいました。

 * * *

笑えないボケ

 朝、パンを焼こうと思って電子レンジの扉を開けると、ラップにくるまった冷凍ごはんが常温になって鎮座しておりました。(我が家のレンジはトースターも兼ね備えております)

 そうです、夜食べようと思っていたのにおかずだけ食べて、ご飯を忘れたのでございます。そこで「これはお昼に食べるか」とラップのご飯を冷蔵庫に入れ、パンを焼きはじめました。「その間に洗濯機を回そう」などと考えたのが運の尽き。洗濯機を回したら、流れでパソコンに向かって仕事をしてしまい、気づくとお昼。「あ~あ、もうお昼ご飯か」と思って電子レンジを開けると、朝のトーストが入っていて二度ビックリした本日。「食べてなかったんかいっ」と気づく始末で、近頃のボケ加速度に笑えなかったツガエでございます。

 世間では80代の一人暮らし女性が詐欺に遭うことが多いようでございます。最近まで「なんで騙されちゃうんだろう」「認知症なの?」と理解できなかったのですが、家で一人になってみてなんとなくわかったのは、80代で一人暮らしはどんなに心細いか…ということ。61歳のわたくしでさえ、もう若干心細いのですから、身体が思うように動かなかったり、物忘れがひどくなったり、仕事もなくひとりぼっちで家にいる暮らしを想像すると、若い人に親切にされることや、オレオレと電話をくれる言葉に、自分の存在を認められた気がして、手を差し伸べたくなるのは自然の流れだと思ったのです。「しっかりしてよ、何でわからないの」と責められないなぁと。

 若くて元気なうちはわからなかったことが、やはり徐々にわかってくる年齢。わたくしもシニアの立場で考える人間になりました。これも成長でございます。

 わたくしはまだ兄のためにしなければならないことが細々と続きますが、それすらなくなった頃には、「騙されても仕方がない」と思うような気がいたします。子も孫もないおひとりさまは、守るものがないので「騙されないように気を付けよう」という気力体力も衰えがち。なるようにしかならないケセラセラってなものでございます。

 もし認知症と診断されたら、笑い茸(ワライダケ)でも食べて、それこそケセラセラと暮らしたいものでございます。あれこれ考えて混乱し、苦悩するのが嫌でございます。治らなくていいので、ずっとニコニコしていられるお薬をどなたか開発していただけないでしょうか。
 
 今週も兄のところへ面会に行ってまいりました。

 午後に用事があったので午前中に行ってみると、食堂で車イスに乗ってうなだれている兄の背中を発見いたしました。よくある老人ホームの風景に溶け込んでいて、兄がそこにいるというのにひとつも違和感がありませんでした。「やせたな~」と思い、恐る恐る顔を覗き込んで「おにいちゃん、来たよ」と声を掛けると、表情のない顔を持ち上げてふんふんと頷いてくれました。「今日はこれからお風呂なんです」とスタッフさまに言われ、「お風呂の順番まで15分ぐらいあるので、お部屋でお話しされますか」と車イスを移動してくださいました。

 持参したズボンの追加や、スティックコーヒーの箱などをならべて、「新しいズボン3つ、ユニクロで買ったよ」とか、「おにいちゃん飲むかなと思っていろいろ持ってきた」などと話し、兄が「へぇ~、いいね」とか「最初からこういうのあるんだ」とか適当な返事が返ってきたところでドアをノックされ「すみません、思いの外早く順番が来ちゃって」とお迎えがありました。お風呂から出てきた頃には帰らなければならない時間なので、もうお暇するしかございません。「じゃ、お風呂行ってらっしゃ~い」と兄を見送り、この日は滞在時間10分ぐらいで施設を後にいたしました。

 そういえば、この日は「いよいよ来たな」と自分のボケを痛烈に感じた出来事がありました。施設内のエレベーターに乗るには暗証番号が必要なのですが、それを忘れてしまったのです。4桁の数字とアルファベット1つという単純なもので、もう面会4~5回目だというのに3回間違って「ピーーーー」。

 今朝のトーストといい、エレベーターといい、老いを突き付けられるこのごろ。人生も秋めいてきたということでございましょう。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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