介護保険制度の生みの親・樋口恵子さんの提言「行政は困ったらいらっしゃいというスタンス。65才を超えたら自ら制度を学んでほしい」
社会全体で介護が必要な高齢者を支えることを目的として2000年に創設された介護保険制度。日常生活でサポートが必要な状況にも関わらず、制度を上手く使いこなせずに不自由な生活をしいられている人もいる。今回は「制度の生みの親」である樋口恵子さんに「介護保険を賢く使う方法」を伝授してもらった。
教えてくれた人
樋口恵子さん(91)/1956年、東京大学文学部を卒業後、時事通信社や学習研究社などを経て評論活動に入る。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長、東京家政大学名誉教授、同大学女性未来研究所名誉所長を務める。
女性の負担を減らし、社会全体で介護を支えるシステムに生まれ変わった「介護保険」
介護保険の内容を議論する厚生省(当時)の審議会のメンバーとして「制度の生みの親」のひとりである評論家の樋口恵子さん(91才)。84才のときに建て替えたバリアフリーの行き届く都内の一戸建てで、60代の娘と猫4匹と暮らす家をますます“理想の終の棲家”に近づけた介護保険。制度が創設された2000年からさかのぼること約20年前、介護に伴う負担のほとんどを女性が一手に引き受けていた。
「その頃から、将来的に介護の長期化や重度化でますます女性の負担が重くなり、女性の低年金や無資産化も進むと懸念されていました。社会全体で介護を支えるシステムが必須なのに、多くの男性は介護とは無縁の男性社会に住んでいるゆえに聞く耳を持ちませんでした」
怒れる女性らとともに、1983年に「高齢社会をよくする女性の会」を発足させた樋口さんは日本全国の介護の実態を調査し、一手に介護を引き受ける女性たちの声を集約して「介護の社会化」を掲げながら国に現状を訴えかけた。国は提言を受け、審議を経て介護保険が誕生した。
「制度を作るときはいろいろと大変でした。長年介護を担っていた女性たちの声が大きなうねりとなって侃々諤々(かんかんがくがく)の議論がなされ、最後は国に届いて制度が成立しました。あれから二十数年経ち、“立派な成人”に成長した介護保険は世界に胸を張って誇れる制度です。実際、広島の尾道で自立したひとり暮らしを送る102才の女性は、周囲のすすめで今年初めて要介護認定を受けて介護サービスを利用し、“まことによい時代になりました”とおっしゃいました。すごくいい言葉だと思います」
2021年度の要介護(要支援)認定者は全国で約690万人。1998年の厚生省の推計では2020年の認定者は520万人ほどになると予測されていたので、国の想像をはるかに上回るスピードで認定が進んでいる。
今後、ますます多くの人が介護保険を利用すると予想されるなか、樋口さんが懸念するのは制度の「改悪」だ。
「これまでレンタルだった一部の福祉用具の買取化やケアプランの有料化など、利用者の負担が増える見直しが進められています。“史上最悪の改定”を何としても防ぎ、国民が支え合って介護を担うという原則に基づき、制度を継続することが大切です」
生みの親の切なる願いだ。
65才になったら介護保険を学んでおくべき
介護保険とともに歩んできた樋口さんはスムーズに申請できたが、多くの人は「いざ」というときになってからその方法を知ろうとする。しかしこれからの時代、必要に迫られる前から介護保険の使い方を「常識」として知っておくべきだと彼女は訴える。
「特に第1号被保険者としてサービスを利用できる65才以上になったのなら、常識として介護保険を学んでおくべきです。日本に住む高齢者全員が介護保険を上手に活用するためにも、高齢者教育は欠かせません。私はそれを『人生2度目の義務教育』と呼んでいます。65才になったら最寄りの地域包括支援センターがどこにあるのかだけでも知っておくべきです。行政は“困ったらいらっしゃい”というスタンス。案内してはくれないので、自分で確認しておくことが求められます。行政の担当窓口や地域包括支援センターには、できれば早めに相談してほしい。少しでも不安を感じたら、“まだ介護保険はお願いしなくていいと思いますが、一度相談に乗ってもらえませんか”と問い合わせてみましょう」
積極的に、大手を振って“使い倒し”に行こう。しかし一方で、認定を受けられる状態なのに介護保険を使いたくないという声もある。
「自分はまだ自立して生活できているので必要ない」「他人を家に上げたくない」「ヘルパーの世話になるなんて、世間的に恥ずかしい」…
そうした意見に樋口さんはうんうんとうなずきつつ、「介護保険は自分の助けになるだけではない」と諭す。
「確かにいまの高齢者は専業主婦が多い世代で、主婦の聖域である台所に他人が入るのが嫌なのかもしれません。自分の衰えを認めたくなかったり、世間体を気にしたりするかたがいることも理解できます。“子供には迷惑をかけたくない”とためらう親も多いですね。でも、実は介護保険の活用は自分だけでなく家族の助けにもなります。もともと介護保険は疲弊する家族をサポートするために作られた面もあるんです。だから家族のことも考えて介護保険をぜひ活用してほしい」
核家族化が進行した現在は老老介護や高齢の単身者が増えて介護の負担がますます重くなっているが、離れて暮らす家族のためにも介護保険は役に立つ。
「高齢の親でも介護保険を活用すれば危険な転倒を予防したり、入院につながる病気やけがなどを未然に防ぐことができます。介護サービスを利用して高齢の親が自立した生活を送ることができれば、遠くに暮らす子供世代も安心することができるんです」
介護保険の利用は国民の権利であり、何も遠慮することはない。樋口さんは楽しそうにこう語る。
「制度を作っている頃から、いつかは自分も使うんだろうなと想定していました。私は介護保険を使い倒して、旅立ちたいと考えておりますよ(笑い)」
介護保険は使ってなんぼ―生みの親の言葉通り、どんどん使って長生きしよう。