介護の困った問題に“コーチング”を活用「介護を心地よくする声のかけ方」実例5選
「伝えたことを忘れる」「お風呂に入りたがらない」「デイサービスに行きたがらない」など、親を介護していて困ったことがあると、イライラしたり、強い口調になってしまったりすることも…。そんな時は、声のかけ方や行動を変える「コーチング」を取り入れることで、介護がスムーズになるという。介護福祉士で介護現場のコーチングに詳しい高野(高ははしごだか、以下同)玲佳さんにアドバイスいただいた。
介護をスムーズにするにはとらえ方を変える
「介護をよりスムーズにするためには、まず介護する側の気持ちをコントロールすることを意識するといいかもしれません」
こう話すのは介護施設で働く介護福祉士の高野玲佳さんだ。高野さんは介護する家族や介護従事者たちの気持ちを軽くするためのコーチングを伝える活動を行っている。
介護中に困った問題に直面したとき、ついイライラしたり強い口調になってしまったりすることも。そこで役立つのがコーチングだという。
「介護でイライラしたり疲れを感じたりする時は、意外と自分の気持ちにゆとりがなくなっていることが多いと思います。同じことが起きても、気にならないときもありますし、疲れない日もあります。介護する側のご家族が忙しいと、心に余裕がなくなり、負担に感じることが多くなりますよね。
そんな時は、一度立ち止まって自分のあり方や考え方を見直してみてください。介護する側の都合でつい強い口調になっていることもあるかもしれません。
まずは、何が気になっているのか、なぜ時間がないのか、ご自身の問題点をクリアにすることが先決。その上で、介護での声かけやアクションを見直してみるといいでしょう。
その上で、介護されるかたの言動の原因や理由を探ってみることから始めてみて欲しいと思います」(高野さん、以下同)
介護シーンに有効な「コーチング」とは?
介護施設で日々忙しく働いている高野さんだが、利用者のかたや同僚とのコミュニケーションに悩んでいた時に出会ったのがコーチングだ。
「コーチングは会社の売り上げ達成のためとか、部下をうまく指導するためなど、ビジネスシーンで活用することと思われがちですが、介護の現場でも役立ちます。友人・親子・夫婦などの対人関係においても活用できるんですよ。
コーチングは、対話を通じて相手を効果的にサポートするためのコミュニケーション技術です。
介護はまさに親子や夫婦など人と人が密に接する場なので、このコミュニケーション技術をぜひ活用してほしいと思います。
介護生活での困ったシーンでは、自分の受け方・考え方を見つめ直したり、声のかけ方や行動を変えたりするだけで介護がスムーズになることもあると知っていただきたいです」
イライラする原因は、実は介護される側ではなく介護する側にある場合が多いと、高野さんは語る。
「介護中にイライラしたりストレスがたまっているときは、どんどん愚痴ってください。愚痴を言える信頼関係がある相手には、『15分だけ愚痴を聞いてね』と言って話を聞いてもらうといいでしょう。もちろん、相手の愚痴も聞いてあげてくださいね。
何より介護するかたは、決して自分を責めないで欲しいです。ご家族は十分頑張ってケアをされています。介護をするご自身が心地よくいられるように、日々を過ごすことを1番に考えていただきたいです。
日々大変なことはあると思うのですが、介護するかたの気持ちのゆとりが、より良い介護につながると思います」
コーチングの考え方をベースに、介護シーンでの効果的な声のかけ方について、OK・NG例とともにご紹介する。
コーチングをいかした介護シーンの声かけ事例
1.お風呂に入りたがらない
NG
「早くお風呂入らないと汚いしダメじゃない!」
OK
「上着にゴミが付いているから、着がえましょうね」
「足だけ洗わせてもらえますか?」
■アドバイス
「お風呂に入りたがらない高齢者のかたは施設でもいらっしゃいます。入浴に限らず身体を動かすことが億劫になる場合もあるようです。
入浴を拒まれたら、お着がえをしましょうなどと促して、まずは脱衣所まで一緒に行くことから始めてみてください。
そこからはなるべく優しいトーンで声をかけながら、ゆっくりと風呂場へ案内するようにします。このとき、命令口調はNGです。
また、億劫がっていることを責めるのではなく、なぜお風呂に入りたくないのか理由を聞いてみたり、表情などを観察したりして嫌がる理由を探ってみてください。相手を良く観察していると対処法が見つかる場合もあります」
2.約束事を忘れがち
NG
「今日は病院に行く日だよって、電話で前に言ったじゃない!」
OK
「予定のある日は、カレンダーに書いて貼っておこうね」
■アドバイス
「カレンダーなどご家庭で要介護者のかたが良く見る場所に、予定を書いて貼っておくのもひとつの手です。
こちらも忘れることを責めるのではなく、どうしたら思い出せるかを具体的に考えてみてください。方法は介護する側が一方的に決めるのではなく、どうしたら忘れないかな?と、一緒に考えることが大切です」
3.同じ話を何度もされる
NG
「その昔話、何度も聞いたよ!」
OK
(何度か同じ人の話を聞いたとき)「そうそう、そのかたのお孫さんはお元気ですか?」(話題をずらす)
(何度か話を聞いた後で)「あっ、ごめん。洗濯物入れなきゃ。10分後に戻ってくるね」(物理的に離れる)
■アドバイス
「同じ話ばかりされてイラッとしてしまいそうになったら、なるべく否定はせず、話題をずらす方法があります。その場合はまったく別の話をするのではなく、関連した話題にしてください。物理的に離れる際に『戻ってくる』と伝えた場合は、その約束は必ず守ってあげてくださいね。介護する側、される側の信頼関係はとても重要です」
4.食事を食べたがらない
NG
「なんで食べないの?」「しっかり食べないとダメだよ」
OK
「食べられるだけ食べればいいですよ。今はどんな物を食べたい気分なの?」
■アドバイス
「体や口腔機能など健康面に問題がないのに、あまり食が進まないという場合は、無理に食べてもらわなくてもいいと私は考えています。
特に夏などは食欲が普段より落ちるなど、誰だってなんとなく食欲がないときもありますよね。食べられない理由を探すことや、食べたい物だけ食べてもらえればいいなど、少し気楽に考えてみるといいと思います。
施設の利用者さんに、昼食はあまり食が進まないのに、3時のおやつはしっかり召し上がるかたもいらっしゃいます。
もちろん、おやつだけでは栄養が偏るのでおすすめはできませんし、食後に薬を飲むかたの場合は注意が必要ですが、無理に食べてもらうのではなく、どんなものだったら食べてもらえるかを考えながら、食事のケアをしてほしいと思います」
5.デイサービスに行きたがらない
NG
「せっかく予定を入れたんだから、行かなきゃもったいないじゃない」
OK
「今日はお休みにして、今度一緒に行ってみようね」
■アドバイス
「まずは、行きたくない理由を一緒に考えてみることから始めてみてください。
誰でも知らない場所に連れて行かれて知らない人たちの中で、急にレクリエーションやリハビリをするのは不安になりますよね。これまでずっと自宅で過ごしてきた高齢者ならなおさらです。
デイサービスは最近とても種類が増えています。歌や書道、絵画などそのかたの好きなことがレクリエーションとしてある施設もあります。調べてあげることはもちろんですが、ご家族も一緒に見学したり参加させてもらったりすることをおすすめします。
一緒に行きながら次第に馴染んで不安もなくなり、積極的に通えるようになることもあります」
介護する人やされる人の性格や状況によって、最適な声かけはひとつではないと高野さんは言う。
「紹介した声のかけ方は一例で、そのかたの身体状況・性格・環境により最善の声かけは違ってきます。
私の介護現場での経験から、全般的に介護されるかたが大切にしていることを尊重し、会話にもそれを盛り込むことで心地いいコミュニケーションがとれることが多いと感じています。
たとえば、施設の利用者さんのなかに、自慢のお子さんのお話を何度もするかたがいらっしゃいました。
『素敵な息子さんですね。あっ、その息子さんの娘さん(お孫さん)はいくつになりましたか?』などと、お子さんの話からお孫さんの話に話題を少しずらしてみると、話題が変わり、また新たな気持ちで会話ができるようになった経験があります」
上手な声かけポイント【まとめ】
・頼み事は命令口調ではなくお願いモードで
・上から目線はNG
・相手の大切な人や物を尊重したテーマで話す
・話を止めたい時は、物理的に離れるかテーマをずらす
・自分の都合だけで相手をしない
教えてくれた人
介護福祉士&ケアキャリアコーチ・高野玲佳さん
祖母の施設入居をきっかけにケアする仕事に魅力を感じて介護業界に転職。より良いケアサービスをするためには、介護する側の心身を整えることが必要と感じ、介護職としても生かせるコーチングを学ぶ。現在は介護福祉士の傍ら、介護する家族や介護従事者たちの気持ちを軽くするためのコーチングも行っている。
https://carecoach-reka.com/
取材・文/本上夕貴
●介護士がやってはいけない話し方4つ|僕が老人ホームで実践していた“声かけ”のコツ