介護をテーマに公演 劇団「ラビット番長」が教えてくれること(後編)
介護をテーマに据えた心温まる舞台を公演し、人気の劇団『ラビット番長』。
この劇団の主宰者であり、すべての脚本・演出を担当する井保三兎(いほさんと)さんに、前編に引き続き、介護を舞台のテーマとする思いを伺った。
介護を理由に夢を諦める現実
『ラビット番長』の主宰者・井保三兎さんがヘルパーとして活動をしているとき、「介護の現場には芝居になりうるテーマがたくさんある」と気づいた話は前編に記したが、彼が「介護を芝居のテーマにしたい」と考えたのには、もうひとつの理由がある。
「介護ヘルパー時代に演劇学校や俳優養成所で講師もしていたのですが、生徒の中で介護を理由に夢を諦める人がいたんです。夢を諦める理由はさまざまですが、そこに『介護』が加わり、その数を増やしている現実に驚愕しました」
家族の介護を理由に夢を諦めることは、たとえば10年前には考えられなかった現実。井保さんは演劇というフィールドで介護者を抱える家族の関わり方や介護現場のリアルな声を届けたいと考えたのだ。
演劇×介護のコラボ。介護フェスタも主催
現在、『ラビット番長』は演劇と介護の啓蒙をテーマに活動を始めている。
昨年は池袋の劇場”あうるすぽっと”にて、介護事業所や福祉関係の教育機関による出展と演劇を柱とする「介護フェスタ」を主催した。
『ラビット番長』の芝居(全5回公演)を無料で提供、介護事業所10数カ所が出展し福祉用具の展示や無料相談、介護従事者の養成学校による説明会など、演劇と介護のコラボは盛況だった。
「第1回目ということもあり、まだまだ未完成な部分はありましたが、新しい試みとして多くの方々に喜んでいただけました。これから先、毎年恒例のイベントにできたらいいなと考えています」
と井保さん。参加・体験型の催しや講演会を交え、介護への理解が深まり、介護のイメージアップにつながれば、と期待している。ちなみにこのイベント、クラウドファンディングで不足資金150万円を集めたことでも注目された。
新作は「将棋」と「介護」がテーマ
さて、ラビット番長の最新作は「カチナシ!」。介護士が将棋のプロ棋士になるという書下ろしの新作だ。
「これまで将棋をテーマにした『成り果て』『天召し』という作品も上演しました。将棋の世界を追い、介護の世界を追っている中でひらめいたのが今回の将棋×介護。介護士がプロ棋士になったら、という話です。介護の仕事は暗いイメージが強いですが、実際、自分がやってみたら楽しいことも多かった。その気持ちをそのままに脚本にしました。介護のイメージを明るくしたい、という気持ちと、介護をすることで夢を諦めて欲しくないというメッセージを込めています」
理想は「介護する人、される人がいい距離感で尊重しあえる」
井保さんが演劇を通して伝え続ける「介護の現実と未来」。そして「介護に対する夢」。それはいつもユーモラスで温かい。そんな井保さんにとっても「良き介護」とは?
「介護する側とされる側がいい距離感を保ちながら、お互いに尊重しあえる介護が理想です。そして介護される側もする側もともに幸せになれたらいいなと思います。それは一見、難しいことに感じますが、真正面から見ている視線を少し斜めにしたり、時間を空けて改めて眺めてみたら、違う景色が見えることもある。それが『介護周辺の幸せ』に結びついたらいいなと思います」
これから先も「介護」がラビット番長の大切なテーマのひとつと言う。超高齢化社会に切っては切れないテーマ。演劇という窓から介護を明るく応援する。ラビット番長の活動が今後も興味深い。
ラビット番長
主宰の井保三兎と制作の五十嵐玲奈による演劇プロデュース団体。現在、東京を拠点に地方公演・学校公演・地域の福士イベントなどへの参加も実施。演劇イベント「池袋演劇祭」と「グリーンフェスタ」において、2010年「ギンノキヲク」(第22回池袋演劇祭・大賞)、2011年「消える魔球」(第23回池袋演劇祭・大賞)、2013年「ギンノキヲク2」(グリーンフェスタ2013『BASE THEATER賞』)、「ギンノキヲク3」(第25回池袋演劇祭・豊島区民賞)、2014年『天召し~テンメシ~』(グリーンフェスタ2014『GREEN FESTA賞』)、2017年「成り果て」(第29回池袋演劇祭・大賞)等を受賞。今後の活動が期待される劇団のひとつ。
HP:http://www.rabbitbancho.com/
撮影/津野貴生 取材・文/池野佐知子