《「4日同棲、3日別居」からの変遷》91歳現役医師・村崎芙蓉子さんが語る夫婦のあり方 心地よい距離感と「寝室は別々」の重要性
「人生100年時代」と言われる昨今、シニア世代の働き方や夫婦のあり方が多様化している。そんな中、90歳を超えてなお現役の医師として患者と向き合い続ける村崎芙蓉子さん(91歳)。プライベートでは長年連れ添った夫との関係を模索し、半別居や同居を繰り返しながら「運命共同体」と呼べる心地よい距離感にたどり着いたという。介護の課題にも通じる、自立したシニアの生き方のヒントを、飾らない言葉で語っていただいた。【全3回の第3回】
「4日同棲、3日別居」から一転。駅近マンションで見つけた新たな夫婦の形
――ご夫婦で「4日同棲、3日別居」という生活をされていた時期もあるとお聞きしました。近年はシニア世代の「卒婚」なども話題になりますが、どのような経緯だったのでしょうか。
村崎さん:卒婚なんてかっこいいものではありません。子どもが自立したあと、夫には下北沢のマンションで3~4日過ごしてもらい、私はその間、台所から離脱させてもらう。そういうことです。
――それがなぜ、再び一緒に暮らすようになったのですか?
村崎さん:夫も自立しての食生活が可能になったからです(笑い)。今はむしろいろいろと助けてもらっているから文句も言えません(笑い)。ときどき、嫌味で「あれ、こっちにいるの?」みたいなことも言うけれど、「私が心配だから」とか言うんです。どっちにしても、お互いにそういう年齢になったから、一緒にいた方が心強いっていうことですね。
――再び一緒に暮らすようになって、家事の分担はどう変わったのでしょうか?
村崎さん:皿洗いは夫がしてくれます。食材集めも彼がしてくれていた時期があったのですが、どうも魚の選び方とか、どこのスーパーで何を買うか、何がおいしいかという感覚が合わないんですね。結局「自分で買った方が早い」となりました(笑い)。
――ご主人が手料理を振る舞うこともあるのですか?
村崎さん:ええ、「料理の素」みたいな合わせ調味料で作ってくれたりするようになりました。そういうのを頑張ってくれるようになったところは評価しています。私の年代は、家事を一切しない男性も多いですからね。私はときどき足が痛むのですが、夫が手を引いてくれるようになりました。仲良しっていうのではなく、もう「運命共同体」ですね。
どれほど年をとっても「自分に帰る個室」は必要。介護施設でも譲れない条件
――定年後、夫がずっと家にいると息が詰まるという女性が多いです。長年連れ添っていらっしゃる中で、心地よい距離を保つ秘訣は何でしょうか?
村崎さん:日本の住居事情はなかなか厳しくて、子どもが出て行ったあとにようやく一室もらえるかな、という程度ですよね。それでも、妻が別室で寝ることを喜ばない夫もいます。それは妻の実行力1つだと思いますけども。
私は狭いマンションにいても、寝る部屋は別で「自分に戻る空間は必要」と思っています。咳1つするのにも遠慮があるし。自分が自分でいるためには、個室というのは必要かなと思います。私はジャズやにぎやかな音楽を聴きながら寝たいのに、夫は無音で寝たい。私は電気をつけて寝るのに、夫は真っ暗。
ある介護付きホームに入られたご夫婦がいらっしゃってね。ご飯も出るし、お風呂も用意してくれるし、掃除も全部やってくれて本当に楽な生活になったっておっしゃるんです。でも「寝室を別々に取るスペースがないから、2人は同じ部屋。そこだけはちょっとね」とおっしゃっていた。病気などは心配になってきますが、そのときはそのときに考えます。臨機応変にね。
――同世代の方はリタイアされている方が多いと思います。先生にとって「働く」とはどういう意味を持っていますか?
村崎さん:働かないでいたことがないから分からないですね。お休みはうれしいですよ、夏休みなんか長く取ればね。でも、うれしいのは働くことが次に待っているからでしょう?ずっと死ぬまで「休んでていいよ」と言われて、果たしてうれしいかな?
長期の旅行はしたいけれど、足腰が駄目になってきますしね。5年くらい前に、旅仲間と「パリのシャンゼリゼにもう一度行こうね」と約束したんだけど、90歳になってしまうと、その約束を果たす自信はなくなりますね。ドゴール空港を車いすで走り抜け、シャンゼリゼを杖をつきながらぶらぶらするなんて姿はあまり想像したくないの(笑い)。
――そのほかに、日々の楽しみはありますか?
村崎さん:好きなミュージカルや映画ですね。マイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』は7~8回も観に行きました。それを知っている息子が電話をかけてきて、「20分で外出できる用意をして」って言うんですよ。
私はもう寝ようとしていたのだけど、寝巻きの上に上着を引っ掛けて外に出たら、息子がおヨメさんと2人で車で待っていてくれて。そのまま『Michael/マイケル』の封切りに連れて行ってくれたんです。こういうこともしてくれるんだって、涙が出るほどうれしかったですね。
――最後に、先生は以前「誰も見たことがない100歳を目指す」と掲げていらっしゃいましたが、これからの夢や目標を教えてください。
村崎さん:その言葉は取り消します。100歳までは無理だし、発言が時期尚早でした(笑い)。やるべき努力はすべてやったから、あとは神様にお任せして、何があろうと受け入れます。低体重で生まれ、ろくにスポーツもせず、食事もいいかげんだった私が90歳を超えて、まだこうして仕事をしているっていうだけでも奇跡みたいなもので、これ以上を望むのは驕りというものです。本当にありがたいことです。
◆医師・村崎芙蓉子
むらさき・ふよこ/1935年7月、東京都生まれ。東京女子医科大学を卒業後、同大附属日本心臓血圧研究所にて循環器内科医として勤務。新宿三井ビルクリニック副院長を経て、1992年に57歳で銀座に「女性成人病クリニック」を開業。女性ホルモン補充療法の先駆者として知られ、90代を迎えた現在も現役医師として診療を続けている。著書にテレビドラマ化され話題を呼んだ『カイワレ族の偏差値日記』(鎌倉書房)などがある。
撮影/杉原賢紀 取材・文/小山内麗香
