《生卵一気飲み、歩数はゼロ歩》91歳現役医師が語る老いとの向き合い方 「健康習慣ゼロ」でも元気に生きる秘訣
日本で初めてホルモン補充療法の専門外来を開設し、現在も現役医師として診療を続ける村崎芙蓉子さん(91歳)。50代で経験した重い更年期障害を女性ホルモンで克服したことを機に、57歳で「女性成人病クリニック」を開業。さらに80代後半からは自身の足腰の衰えに対し、男性ホルモン補充療法を自らの体で実践してきた先駆者だ。長きにわたり多くの女性たちの心と体を救ってきた彼女に、自分らしく老いと向き合うための秘訣や独自の健康観、そして夫婦のあり方について聞いた。【全3回の第2回】
「健康習慣は何もない」食べたいものを食べる自由な暮らし
――90代になられても週に3日診療を続けられていますが、ご自身の健康法についてもお聞きしたいです。
村崎さん:それが、何にもないんです。食事のルールもありません。お肉が好きだから、夫婦でよく食べます。昔は「200g以下の肉はステーキじゃない」と豪語していたくらいです。しゃぶしゃぶの豚肉も好きで、何でも食べますよ。特別なことは何もしない。それが私の健康法といえば、そうかもしれませんね。
ただ、80歳になってからは、タンパク質は少し意識するようになりました。ゆで卵を作ってみたりもしましたが、一番手っ取り早いのは生卵です。映画の『ロッキー』みたいに、生卵を3個くらい、一気に飲みます(笑い)。でも、それをやったら確実にコレステロールが上がりました(笑い)。今は数を調整して、どうやって卵をおいしく食べるかを工夫しています。
――運動についてはいかがですか?
村崎さん:以前は駅の階段を使ったりして1日4000歩くらい歩いていましたが、それももう、しんどくなりました。今は駅に近いマンションに暮らすようになったから、歩数は「ゼロ歩」です。それはコロナ禍の影響もあります。ステイホームの期間を経て久しぶりに出勤したとき、電車の乗り換えがすごく怖くなったんです。万が一ホームで倒れたりしたら危ないじゃないですか。だから、無理に歩こうなんて考えるのはやめました。
――まさに、そのコロナ禍でのステイホーム後、足の衰えを感じて「男性ホルモン補充療法」をご自身で試されたそうですね。
村崎さん:男性ホルモンを使い始めたのはその頃です。私は50代の重い更年期障害のときに女性ホルモンに出合って、それに色々と助けられてきました。ところが、75歳ぐらいになったとき、女性ホルモンをどう工夫して飲んでも、気持ちが上向かなくなってしまったんです。骨密度にはよかったのですが。
そのとき、「女性にも男性ホルモンを使うといい結果が出る」という、男性医学の父と言われた熊本悦明先生のお話を思い出し、女性ホルモンと男性ホルモンを併用することにしました。当時は周りにそんなことをやっている人はいませんでしたから、まず男性ホルモンを入手するところから大変でした。注射は日本にもあったのですが、錠剤がありません。結局、外国のものを使うようになり、高くつくし手間もかかりました。そうして自分で男性ホルモンを飲んでみたのが、私が85歳の時です。
――どのような変化を感じたのでしょうか?
村崎さん:気力が戻りました。女性は年齢を重ねると、「あっちが痛い、こっちが痛い」となって、何もできなくなってしまう。そこから救われたんです。一番わかりやすい変化は、男性ホルモンだけを使っていると、お肌が「男性肌」になってくることです。皮膚の質感が変わるんですよ。「やっぱり女性ホルモンも必要なんだな」と実感して、そこから女性ホルモンと男性ホルモンを交代で使うようにしました。患者さんにも、個人に合わせて使用しています。両方のバランスが大切です。
男性ホルモンは筋肉や骨にも関与していますから、筋力の維持にも効果があると言われています。高齢になってくると筋力も大切ですからね。女性ホルモンが使えなくなった人には、男性ホルモンだけにしようと提案して、週に何回飲むかを測定しながら調整しています。
「弱い」自分を受け入れながら、最後までやりたいことを試す
――誰でも年を取りますが、衰えを感じて落ち込む人もいます。老いを受け入れる心構えや、気持ちの整え方はありますか?
村崎さん:ありません。それは自己責任ですよ。自分でどの程度、自分の体や病気について勉強するかです。がんだと診断されてあきらめてしまう人もいるでしょうし、「がんだろうが何だろうが、私は元気でいたい!」とチャレンジして克服していく人もいる。そこは個人の生き方です。
私は低体重で生まれ、母はその後、子どもが産めない体になってしまったので、たったひとりの子どもとして過保護に育てられました。だから運動をさせてもらえなかったんです。「ケガをするから運動会に行っちゃいけない」とかね。その結果、本を読んでいればそれでいいという子どもになりました。だから今でも、運動は全然できません。
――それでも先生は、ご自身の体で女性ホルモンを試して更年期を克服し、うつ症状になったときには樋口一葉の日記にならってウォーキングをし、筋力が衰えたら男性ホルモンを試された。「やれるだけのことはやる」という強さを感じます。
村崎さん:自分で試してよかったと思うことは、患者さんにおすすめします。それを受け入れるかどうかは別だし、その人に効くかどうかもわかりません。
チャレンジするかどうかも自由なんですよ。キャラクターですからね。大胆な人もいれば、内気な人、用心深い人もいる。そこまで私は踏み込む気はありません。ただ、やってもみないでグダグダ言っているんだったら、「一錠でもいいから試してみたら」とは言いたくなりますね。
――話は変わりますが、先生ご夫婦はお互い90代でお元気です。夫婦円満の秘訣はあるのでしょうか。
村崎さん:私たち夫婦は全然、元気ではないですよ。私もあちこち具合が悪いし、夫だって脊柱管狭窄症の手術をして、ボルトがいくつも入っています。2人とも年相応に、色んなところがボロボロです。
今は駅に近いマンションに越してきて、狭いから台所もコンパクトです。その際に「もう料理は卒業します」と夫に宣言しましたから、ガスコンロの上には板をのせて、鍋なんかを置いて塞いでいます(笑い)。調理は小さなIHコンロ、電子レンジ、トースターだけで十分やっていけます。クリニックの近くのデパ地下で、お総菜を買って帰ったりもしますよ。豚しゃぶくらいは作りますが。今は無理をせず、自分のペースで生きています。
◆医師・村崎芙蓉子
むらさき・ふよこ/1935年7月、東京都生まれ。東京女子医科大学を卒業後、同大附属日本心臓血圧研究所にて循環器内科医として勤務。新宿三井ビルクリニック副院長を経て、1992年に57歳で銀座に「女性成人病クリニック」を開業。女性ホルモン補充療法の先駆者として知られ、90代を迎えた現在も現役医師として診療を続けている。著書にテレビドラマ化され話題を呼んだ『カイワレ族の偏差値日記』(鎌倉書房)などがある。
撮影/杉原賢紀 取材・文/小山内麗香
