新人議員・藤田誠氏が介護を《最も他人事として書けない》理由 母親の10か月の入院と、免許を返納した父親に起きたこと
「私の父の話から始めさせてください」――。2026年2月の衆院選で埼玉14区から初当選した衆議院議員の藤田誠氏は、著書『ロンジェビティ・エコノミー 115兆円の「長寿市場」で強く豊かに』の介護の章で、こう切り出している。ライブドアを経て起業し、上場企業グループの会長も務める藤田氏は、2023年12月にステージ4の血液のがんを告知され、闘病の末に寛解した「がん患者の議員」でもある。長寿社会の5つの課題のうち、介護を「最も他人事として書けない」と記す理由は、母親の長い入院と、その間に起きた父親の死にあった。同書から抜粋して紹介する。
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急な坂を下るように
介護は長寿社会のひずみがいちばん強く、残酷なまでに表に出る現場です。人手不足はすでに限界に近く、家族の負担はもはや「家庭という器」では抱えきれない水準に達しつつある。しかし、私が介護を軽々しく論じられないのは、その厳しさをデータや統計として知っているからではありません。身をもって経験しているからです。
私の父の話から始めさせてください。私が会社を上場させる前年のことでした。思わぬ出来事から母が10か月にも及ぶ長い入院を強いられました。この直前に父は車の運転をやめ、運転免許証を返納していたのです。
それからの父は、まるで急な坂を下るようでした。外へ出る回数が減り、人と会わなくなり、口数も極端に減っていく。母はいつ家に戻れるのか。自分の暮らしはこの先どうなってしまうのか。独りきりの家で、答えの出ない不安ばかりが募っていったのだと思います。
そして父は、自ら命を絶ちました。
私はこのことをずっと考え続けてきました。父から生きる力を奪ったのは、病や老いそのものではなかったと。歳を取り、自分や伴侶が病気になることはもちろん苦痛を伴います。でも、それだけじゃない。父が自死を選んだのは、「先が見えない」という巨大な不安を一人では抱えきれず、生きる希望そのものを失ってしまったからではないか、と。
ここで断っておきたいのは、これは「私の家族だけに起きた特別な不幸」ではないということです。長い入院、残された家族の孤立、移動の手段の喪失、そして誰にも受け止められない不安。そのどれもがいま、この国の無数の家庭で音もなく起きています。暮らしのどこか1か所がほころんだとき、それを受け止める「仕組み」が社会にあるかないかで、一つの家族の運命はいとも簡単に変わってしまうのです。
介護は「ある日突然」始まる
ただし、介護には「特有の難しさ」があります。本人が病気になる場合は、診断名や治療計画が比較的明確に示されます。しかし家族介護は「ある日突然」始まり、しかも「いつ終わるのか全く見えない」という暗闇の中を進むことになります。
親が転倒して骨折した。認知症の症状が急に進んだ。遠方に住む親の生活が、今日から急に成り立たなくなった。こうした事態が起きると通院の付き添い、ケアマネジャーとの面談、介護認定の申請、施設探し、深夜の緊急の呼び出しなどが一気に重なり、仕事の継続に致命的なダメージをもたらします。だからこそ介護の両立支援では、地域包括支援センターやケアマネジャーといった「家庭の外の専門職」と、いかに早くつながれるかが最大の鍵になるのです。
「介護しながら働く」を前提に
かつて子育てが家庭内の問題とされ、産休・育休が「子育てしながら働く」を社会の前提に変えていったように、これからは「介護しながら働く」を前提にした社会へ進化しなくてはなりません。介護離職は、本人にとっても会社にとっても社会にとっても、誰一人得をしない「完全な損失」です。だからこそ、介護政策は福祉政策であると同時に、強固な「経済政策」でなければならないのです。
介護従事者の賃金はいまも全産業の平均よりおよそ2割低い水準にとどまっています。月にすれば8万円余りの差。「専門性を磨け」と言われても処遇が伴わなければ、職業として選びようがありません。
では、なぜ追いつけないのか。介護サービスの値段である「介護報酬」が、国の定める公定価格だからです。ふつうの産業なら、良い仕事をして評価されれば価格に反映でき、その利益を賃金に回すことができます。しかし介護は、事業者がどれだけ質を高めても自分の判断で値段を上げられません。介護職の賃金の低さは市場の失敗ではなく、制度設計の結果なのです。
制度が生んだ問題は、制度でしか変えられません。だからこそ私は介護報酬を計画的に引き上げ、介護職の賃金を全産業の平均に近づけ、やがて上回る水準を目指すべきだと考えています。
あんな思いをする人を、一人でも減らしたい
なぜ、私はここまで「実装」にこだわるのか。思い返せばあのとき、予期せぬ出来事で入院した母と、運転免許証を返納したうえ一人家に取り残され、日々癇癪を起こして家族と不仲になり、不安の中で自ら命を絶った父がいました。人生の終盤に、もし「つながる生活基盤」と「見通し」があれば、結末は違っていたかもしれない。
そして、がんを宣告されたあの日の私。仕事からこぼれ落ちるかもしれないという絶望の中で、もし「病気と仕事の両立」が当然の社会だったなら、どれほど救われたか。提言は、実装されて初めて人を救います。あの日の私や家族が味わった絶望やあんな思いをする人を、この社会から一人でも減らしたいのです。
長寿社会を「仕方がない現実」として受け入れるのではなく、自らの手で「つくり直せる未来」として扱いたい。がんを経験した一人の当事者として。組織を率いた経営者として。そして何より、この国の未来に責任を負う、政治の現場に立つ者として。
長寿を、負担ではなく、希望に変える国へ。私はこの戦略を日本再生の一翼として実装し、国を動かしていきます。
◆著者:衆議院議員・藤田誠氏
1973年生まれ。埼玉県三郷市育ち。1997年明治大学商学部卒業後、広告代理店やライブドアを経て独立。現INCLUSIVE Holdings株式会社を創立し、2019年に上場させる。現在に至るまで老舗料亭から人工衛星事業など幅広く経営。2度の国政選挙での落選を経て2026年2月、第51回衆議院議員総選挙において埼玉14区から出馬し、初当選を果たした。
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