認知症の母の「働きたい」切実な願いを受け止められなかった後悔|実例から考える認知症当事者の働き方を社会福祉士が解説
認知症になったとしても働ける社会に――2024年から施行された「認知症基本法」には、社会参加と就労に関する基本方針が盛り込まれている。親の介護経験がある社会福祉士の渋澤和世さんは、「母親が認知症と診断されたとき、働きたいという想い」を受け止められなかったという。ご自身の経験をふまえ、今の時代の認知症と就労、働き方について解説いただいた。
この記事を執筆した専門家/渋澤和世さん
在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)、監修『親と私の老後とお金完全読本』(宝島社)などがある。
認知症を発症した母が「まだ働きたい」
母がアルツハイマー型認知症と診断された日、母も診察室で医師の説明を一緒に聞いていました。当時は今ほど認知症が話題にのぼる時代ではなく、母自身もその病名に対して特別な思いやショックを抱いていない様子でした。
初期の頃の母は、日常会話もそこそこスムーズに成り立っており、母は「身体も元気だし、まだ働きたい」と意欲を見せていました。しかし、当時の私は病名への不安や先入観から、「無理だよ」と一言で決めつけ、その気持ちを受け止めるゆとりがありませんでした。
月日が流れた今、ふと当時の母の姿を思い返します。複雑な業務は難しくても、体を動かす作業や人と接する役割など、母の「できること」に目を向けていれば、何か生き生きと続けられる仕事があったのかもしれない。
母のあの一言は、単に収入を得たいというよりも「誰かの役に立ちたい」「社会とつながっていたい」という切実な願いだったと思います。
この記事では、認知症の当事者が働く場合、どんな仕事があるのか、働き続けるための考え方や仕事の選び方などについて、実例をもとに考察していきます。
認知症の診断後も働き続けている事例
認知症の初期であれば、「いつまで働けるのか」。この問いに対し、「〇か月」「〇年」といった一律の答えはありません。なぜなら、認知症の進行スピードや症状の現れ方は一人ひとり大きく異なり、適切な環境調整や周囲のサポートがあれば、診断後も生き生きと働き続けられているかたはたくさんいらっしゃいます。診断後にも「得意なこと・適した環境を生かして」働き続けている実例をご紹介します。
※実例をもとに一部設定を変更しています。
元営業職のAさん「お客さんに笑顔で接客」
Aさんは、認知症の診断後、金銭管理や複雑な書類作成は難しくなりましたが、持ち前の笑顔と人当たりの良さを買われ、近所の生鮮食品店で接客や商品の陳列作業を始めました。
お店側は「レジ作業は免除し、商品の補充やお客様への声がけ」に役割を限定。Aさんは「ありがとう」と声をかけられることに生きがいを感じ、元気に活躍されています。
元大工のBさん「体で覚えた職人技が光る」
長年大工として活躍されたBさんは、診断後も長年培った「手先の器用さ」と「道具の扱い」は健在でした。現在は工務店の作業場で、図面引きや安全管理は周囲がサポートしつつ、木材のカンナがけや研磨、端材を使った小物の製作を担当されています。
「体で覚えた職人技」を発揮して美しい仕上げを行い、現場の若手からも頼られる存在として生き生きと働いています。
仕事の種類や内容「やりがいや誇りを持って続けられるものは?」
事例でご紹介したように、「長年の経験や体で覚えた手技を活かせること」や「複雑な判断を求められない単一の業務」などが挙げられます。
店舗・施設での軽作業(体で覚えた作業)
・商品の陳列・棚卸補助・清掃
決まった位置に整理整頓する、床を掃く・拭くといった作業は、手順が定型化されており、視覚的にもわかりやすいためスムーズに行えます。
・食器洗い・下ごしらえ(飲食店やデイサービス等)
長年の家事経験がある方にとって、野菜の皮むきや洗車、皿洗いなどは「体が覚えている」代表的な作業です。
農作業・園芸・軽作業(自然に触れるルーティンワーク)
・野菜の収穫、袋詰め、種まき
農作業やガーデニングは、作業の流れがシンプルで、適度に体を動かすためリフレッシュ効果も高まります。「形の良いものを選ぶ」「袋に小分けする」といった明確な作業が適しています。
・落葉拾い・敷地内の草むしり
自分のペースで進められ、結果が目に見えて分かりやすいため、安心感と満足感を得やすい仕事です。
オフィス・バックヤードでの単純事務
・書類のシュレッダー掛け・折り込み・封かん
「紙をセットする」「折る」「シールを貼る」といった工程が1つだけの作業はミスが起きにくく、集中して取り組むことができます。
・備品の補充・整理
コピー用紙の補充や、文房具の整理整頓など、チェックリストを用意しておくことで一人でも行いやすい業務です。
地域での接客・案内(対人・コミュニケーション)
・挨拶・受付・お出迎え(地域のコミュニティカフェや施設)
計算や予約管理などの複雑な事務作業は避け、笑顔での挨拶や「いらっしゃいませ」のお声がけ、お茶出しに特化する役割です。長年培った社会性が活かされます。
認知症の人の採用・就労状況
認知症と診断された人を採用し、働ける仕組みは確実に広がっています。大きく分けて、以下の3つのような形で採用・就労が行われています。
障害者雇用枠(精神障害者保健福祉手帳の活用)
認知症(特に若年性認知症など)と診断された際、手帳を取得して企業等の「障害者雇用枠」に応募する。事務補助、データのチェック、軽作業、清掃、農園作業など
特徴:短時間勤務(週15〜20時間など)や配慮(手順の視覚化、単一業務の割り当て)を前提とした採用が行われます。
超短時間雇用・有償ボランティアモデル
近年、地域や自治体、特定の企業で取り入れられている取り組みです。「週1日・1回1〜2時間」といった極めて短い時間で、スーパーの商品陳列、洗車、駄菓子屋の店番、介護施設での簡単な補助作業などを有償で担います。
特徴:一般求人サイトではなく、地域の障害者就業・生活支援センターや認知症本人組織・支援団体、有償ボランティアの仕組みを通じてマッチングされます。
認知症当事者が立ち上げた事業所・お店
「認知症になっても働ける場を作ろう」と、当事者や支援者がオープンしたカフェ、農園、プロジェクト型の店舗・事業所での雇用・謝礼を伴う就労です。
「認知症だから不採用」とするのではなく、ハローワークの専門窓口や地域の就労支援機関を通すことで、個々の「できること」に合わせた求人や働き方に結びつけるルートが存在します。
家族が相談に行く場合、元々接客が得意、手先が器用、週2日・短時間なら動けるなど、本人の強みや希望を具体的に伝えると適した仕事や役割が見つかりやすくなります。
また、安全に働ける範囲(運転の可否や配慮すべき点など)を主治医と確認しておくと、相談がスムーズに進みます。まずは状況に応じて、以下の窓口などに相談するとよいでしょう。
■地域の身近な相談窓口の例
・地域包括支援センター(お住まいの区市町村)
・ハローワーク(障害者職業相談窓口)
・障害者就業・生活支援センター
・地域障害者職業センター
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認知症のかたがホールスタッフとして働く、レストラン型イベント『注文をまちがえる料理店』も近年話題になり、全国に広がりを見せています。
ご家族や周囲の人は、認知症になったら「働けない」と決めつけず、働き方を見つけて欲しいと思います。ご本人の意欲や残された能力を活かして生き生きと働き続けることは可能なのです。
