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健康

認知症対策の成分「PS」って?欧米研究の第一人者が解説

 日本と同じように高齢化が進むアメリカ。その高齢化率は14.6%(厚生労働省「平成30年度版 高齢社会白書」より2015年の数値)と日本より低いものの、65歳以上の人口は日本の約2倍にも上る。

 そのアメリカで、「高齢者の認知症のリスクを減らすかもしれない」と注目されている成分が、「PS(ホスファチジルセリン)」だ。

 PSとはどんな成分か。そして脳に対してどのような効果が期待できるのか。ドイツやアメリカで20年以上にわたりPS研究に携わってきたこの分野の第一人者、ラルフ・イェーガー博士に聞いた。

 PSサプリはアメリカ政府のお墨付き

「アメリカでは、認知力や記憶力を高める効果が期待されるサプリメントのことを、“スマートサプリ”と呼びます。そのなかで、アメリカの食品医薬安全局(FDA)が条件付きヘルスクレームを認めているのは唯一、PSのサプリメントだけです」(イェーガー博士。以下「」内同)

 ヘルスクレーム(健康強調表示)とは、食品や栄養素などと健康状態の関連についての表示のこと。つまり、政府機関であるFDAが条件付きヘルスクレームを認めたということは国からのお墨付きをもらったようなものだ。

 アメリカで販売されているPSサプリメントのパッケージには、「PSの摂取は高齢者の認知症のリスクを減らすかもしれない」、「PSの摂取は、高齢者の認知力の機能低下リスクを減らすかもしれない」などの条件付きヘルスクレームが記載されているという。

脳の細胞膜には大量のPSが

 PS(ホスファチジルセリン)はリン脂質という油の一種で、動物の細胞膜に含まれている。とくに脳細胞や神経細胞の細胞膜にはPSが多い。普通の細胞膜では全リン脂質中、PSの割合は約3%だが、脳細胞の細胞膜では約20%を占めている。

「PSなどのリン脂質が多く含まれていると、脳の細胞膜の“流動性”が高くなります。流動性が高い方が脳細胞がうまく機能するため、記憶力や認知力を発揮できるのです。

 PSは肉や魚、乳製品などに含まれています。しかし、ここ30年ほどで食事からのPSの摂取量は減り、1980年代には毎日平均250mgだったのが、近年では130mg程度になってしまいました。脂肪を減らすダイエットをしている人は100mg、ベジタリアンは150mg未満しかPSを摂れていません」

PSが「細胞膜の流動性」維持をサポート

 認知症の最大の危険因子は「加齢」だ。認知症の人の割合は65〜69歳では1.5%だが、年齢を重ねるにつれて高くなり、85歳では27%と4人に1人が認知症とされる(厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」より)。

「記憶力は25歳ごろにピークを迎え、その後は徐々に低下します。40代になると、記憶力は25歳の時に比べて20%低下、70代になるとほぼ半分になります」

 認知症の代表的な症状のひとつが、認知機能の低下だ。なぜ加齢によって認知機能が低下するか、その理由ははっきりわかっていないが、いくつかの仮説があるとイェーガー博士は言う。

 そのひとつが「細胞膜仮説」だ。

「年をとると、脳の細胞膜の中にコレステロールが増え、リン脂質が減ります。それによって細胞膜の流動性が低くなり、行動や学習、記憶といった脳の働きにマイナスの影響を与えるというものです。

 私たちの研究により、PSを摂取することでコレステロールとリン脂質の比率が若い時と同じ程度に保たれることがわかりました。つまり、脳細胞膜の流動性を保つことで認知機能の低下を食い止められる可能性があるのです」

「脳年齢が14歳若返った」という報告も

 加齢と認知機能低下について、ほかに考えられる仮説として「コリン作動性仮説」、「形態学的仮説」などがある。これらについても、PSの摂取によって改善できる可能性があるとイェーガー博士は説明した。

「脳の神経細胞同士が情報のやり取りをする際、細胞同士の間でアセチルコリンやドーパミンといった“神経伝達物質”が放出されます。その神経伝達物質の合成や放出が減ると、記憶力や注意力が低下します。これが『コリン作動性仮説』です。高齢者がPSを摂取したところ、神経伝達物質の合成と放出を正常化できたというデータがあります」  

「形態学的仮説」では、脳の神経細胞が減ったり、シナプス(神経細胞同士が作るネットワーク)の密度が下がったりすることで脳が老化すると仮定する。PSの摂取にはシナプスの密度減少を防ぐ効果もあるとイェーガー博士は考えている。

「私たちが行った臨床試験では、平均年齢60.5歳の高齢者50名に300mgのPSを12週間続けて摂取してもらいました。PS摂取を始める前後で脳の働きを調べたところ、人間の顔と名前を覚えるテストでは脳年齢が約14歳若返ったという結果が出ました」

学力やパフォーマンスの向上にも有効

 PSはもともとアルツハイマー病の治療薬として、イタリアで研究開発が始まったものだ。現在はアメリカで脳関連のサプリメントとして人気を博しているほか、ドイツ、イギリス、フランスなどでもよく知られている。また、中国でもPSへの関心が高まっていて多くの研究論文が発表されている。日本でもすでにサプリメントとして販売されていて、昨年にはPSが機能性表示食品の素材として認可された。

「PSに期待される働きは、高齢者の認知機能や記憶力の維持だけではありません。学力の向上、アスリートのパフォーマンス向上、ストレスマネジメントなど、さまざまな効果があることがわかっていて、アメリカではすでに、そうした目的のサプリメントとしても販売されています。今後は日本でもPSが多くの人のQOL(生活の質)向上に貢献できることと信じています」

取材・文/市原淳子 撮影/政川慎治

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