兄がボケました~認知症と介護と老後と「第95回 兄、順調に回復中」
ライターのツガエマナミコさんが、認知症の兄の介護にまつわるあれこれを綴る連載エッセイ。今回は、コロナ感染がきっかけで肺炎を発症、入院中の兄の経過を報告してれました。心配がつきぬ日々です。
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声をかけるとニコニコ
おかげさまで、先日病院から隔離解除のお電話をいただき、兄の顔を見てまいりました。
ベッドで寝ている光景は施設とほぼ同じですが、病院のレンタル寝間着姿になるといかにも“病人”といった風情になるものでございます。でも弱った感じはなく、声をかけると目を開けてニコニコしてくれました。
入院の際に、「抑制」への同意書にサインをいたしましたが、手にも足にも抑制するようなものはなにもなかったので安心しました。かつて亡き父が交通事故で入院した際には、せん妄(意識障害)によって暴れたり、点滴の針を抜いてしまったりしないよう、手にはグローブのようなぶ厚いミトンを付けられ、腕はベッドの柵につながれていました。面会時には看護師さまにお願いして外してもらいましたが、あれを一日中つけられているストレスを思うと心が痛みました。
兄が施設に入所した時にも「抑制」への同意書にサインしています。本人の安全のためですし、お世話をする側からみれば致し方ないことだとわかりつつも、自分がもし抑制されたらと思うといたたまれません。そんな事態にならないことを願うばかりでございます。
足首あたりに針が刺さっておりました。おそらくあれは点滴。兄は腕をまっすぐに伸ばしていられないため、歩くことのない足からの点滴になったのでしょう。
面会時間は30分。4人部屋なので、いつものようにわたくしの無意味な独り語りを吐露するわけにもいかず、手や肩をさすりながら寝顔を見ていることしかできませんでした。
主治医の先生にご挨拶をしたかったのですが、この日はお忙しくて叶わず、兄の病状について何も聞けずじまいでございました。主治医のお話が聞けたのはその2日後でございます。
「順調に回復している」とのことで来週には退院出来そうなお話でございました。読者のみなさまにもご心配をおかけしましたが、大したことなく施設に戻れそうです。
病院に行ったついでに兄の病室を訪ねると、ちょうど夕食時で看護師さまが食事介助をしてくださっていました。おかゆを始め、5~6品が並ぶ豪華メニュー。とはいえすべてドロドロのペースト状でございます。朝は完食したそうですが、昼はほとんど食べなかったと聞きました。夕食もわたくしが見る限り6~7割で終了。もっと時間をかければ完食できたかもしれませんが、やはりそこまで時間はかけられないのでございましょう。
退院となると気になるのは精算でございます。お部屋代、レンタル寝間着代、食費、治療費、検査費…いったいいくらになるのやら“楽しみ”でございます。
成年後見人として来年の報告書にきちんと記載しなければなりませんから、出納を明確にしておかなければなりません。
ふと頭をよぎるのは保険でございます。
このタイミングで入院1日5000円が出るという医療保険を使うべきか?それとも長期入院したときのために温存するほうがいいのか?
そんなこともよくわからないまま後見人を勤めている次第でございます。
ちなみにレンタル寝間着は、バスタオルとフェイスタオル、紙オムツ(全種類利用可)が含まれる最上位セットで1日1738円(税込)。病院が提携している業者によって値段は違うと思いますが、兄はこの最上位セットが該当いたします。
タオル類とパジャマだけなら1日649円(税込)ですので、いかに紙オムツが高いかがわかりますね。
でも家族にとってはありがたいシステム。レンタルがなかった時代には頻繁にパジャマを届け、持ち帰って洗濯しなければならなかったわけですから…。紙オムツがなかった時代はいったいどうしていたのでございましょうか。考えるだけで先人の偉大さがわかります。
わたくしの記憶が正しければ兄の入院は初めてのこと。これまで救急車で運ばれたことはあってもその日のうちに帰ってきましたし、小さな頃から考えても兄が入院していた記憶はございません。わたくしと同じで丈夫なのだと思います。でも、施設には夜間看護師さまがいないので、体力が落ちるにしたがって入院が増えると思われます。そういうことも覚悟しておかなければ、と思ったツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性63才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
