コメント
この記事へのみんなのコメント
-
までぃ
2025-02-16
心細い夢を猫ちゃんが覚ましてくれたのですね こちらから運営さまへ失礼いたします わたしはいつも「連載」からアクセスしていたのですが 1/26の記事が最後でリンクが貼られていないようです… しばらくお休みされているのか?と思っていましたが なんのご連絡もないし…(・・? 今日は、ようやく次の記事がある!と気が付き、たまった分を一気読みできました ご修正いただけると幸いです。よろしくお願いいたしますm(__)m
-
ももりん3030
2025-02-14
2月7日に他界したニャンが、さびちゃんと同じクセがありました。乳飲み子で保護して、それまでは小鳥も猫も仕事etc.を言い訳に母にお世話を任せていましたが、里親さんに繋げるまでは、と3時間おきにミルクを与えて排泄介助をして育てた子でした。当然、情が移って我が家の3匹目のニャンに。生まれて初めて母より私に懐いた子で、私を母親だと、自分は人間だと完全に思ってました。クリクリの目が大きなハンサムボーイで、子供のような恋人のような存在でした。抗癌剤の効かない腸腺癌だと分かり、実は2週間~1ヶ月ほどで虹の橋を渡る子が多い、と闘病2ヶ月を過ぎた頃に聞いて。 でも、3ヶ月も頑張ってくれました。最後の日にもちゅ~るを2本食べてくれたので、まさか。。。 抱っこ抱っことせがんだり、待ちきれずに飛びついてきたり、抱っこした時の、一緒に眠る時のゴロゴロと温もりは心に刻まれていますが、会いたくて会いたくて・・・ 去年・一昨年に保護した子達が居て癒されてますが、寂しさと愛しさがこみ上げてきます。さびちゃんといつまでも健やかに幸せに過ごして欲しいと、切に願っています。
-
Yuma
2025-02-14
さびちゃんの幸せそうな漫画はほっこりするのですが、 同時にどうしてもわびちゃんの事が思い出されるのです…。
-
ユカ
2025-02-11
むかし猫と一緒に暮らしていた頃、金銭的には自分が養っているけれど私もまたこの小さな生き物に支え守られているのでは?と胸を突かれる思いをしたことがあります。本当にかけがえのない存在ですよね。懐かしい気持ちが蘇りました。ありがとうございました。
-
風のいろ
2025-02-10
こんにちは。2回目の投稿です。 目覚めた時に夢を書き留めるための 古いノートを ベッドサイドに置いています。印象的な風景や見た事のない場所、目が覚めるような美しい空や、実際の天の川は 見た事がないけれど見事な星空の夢で体験したり、怖い思いをすることも。 登場人物は(今は退職していますが)特に最後に働いた職場の上司や、友人、娘たち、亡くなった両親・・・。 なぜ夢をメモしたいかというと、自分の深層心理を知るのが初めの目的でしたが、今は、自分がもう一つの別世界、異世界に本当にいたのではないかと思えて不思議なため。結構面白い体験をしていたり。 ぬらりんさんの夢、ひんやりしましたが、最後の場面が暖かくてほっとしました^O^
最近のコメント
-
月香
2026-02-13
私も押し入れの中に大事に置いたままのガスボンベがありその時点で調べて10年位の物もありどうしようかと思っておりましたが、一応ベランダでカセットコンロに装着し火を付けましたら問題なく点火しました。そのまま使い切ろうと思いずっと付けておきましたがそれはそれで勿体ない気持ちになり、ヤカンを乗せてお湯を沸かしました。カセットボンベは何本かありましたのでヤカン何杯分かお湯が出来ました。ベランダでガスを抜く作業は絶対にダメだと禁止されているのであれば、コンロに装着し使ってみてください。使えばガスは溜まりませんよ。
-
まう
2026-02-12
一気に読ませていただいてます。少しでも、天国のお母様に気持ちが届いてますように、作者様に今癒やしの時間がありますようにと願いながら読ませていただいてます。そして「わかるなぁ」と、おとなしく読ませていただくだけのつもりが、どうしてもコメントをさせていただきたくなりました。 作者様はその都度その都度、出来る最大限のことをお母様にされたと本当に思います。 例え「ありがとう」が返ってこなくて文句のような答えが返ってきたとしても、繰り返し繰り返し できる最大限のことをされたと思います。 私もそうだったと信じたいですし、信じています。私のことを少しだけ吐き出させてくださいませ。 2020年3月、旅行業という私の仕事も状況が変わり、母が同時期に倒れ、そこからはリモートワークや病院勤めで耳にヘッドセットをつけながら母の食事を作っていましたっけ。私も器が大きくなかったのか 苛立つこともありました。 ですが、亡くしてから3年、母のことを想わない日は1日もありません。母がいよいよ数時間でお別れかという時、病室の酸素吸入の音と肩で息をする母を抱きしめました。 どうして、恥ずかしくてもなんでも、母が家で生活してくれていたときに1度でも抱きしめなかったんだろうとそれだけが心残りです。自らの病が辛かったのでしょう。徐々に生きる気力をなくした母に「生きて居てくれるだけでいいんだよ」と言ったのですが、母自身がやはり気力をなくす程辛かったのだと想います。 亡くしてから(介護者自身に余裕や空白の時間ができてから)感じることもあると想います。 偏食の母が心配すぎて病院なのに差し入れ夕食を毎日のように持っていきました、が 今想うのは、母が元気なときに、本当に優しくしたかった(でも照れくささや甘えでできなかった)。 病院に対して感じるのは、感謝と、母へ持って行ったスプーンフォークセット(こどものお弁当のような)が、なんだか綺麗なままで、、「母はちゃんと食べさせてもらっていたのかな」ということも考え、切なくなんともいえない気持ちになりました。 意思疎通ができる間に、自分の家族や周囲や、出会う人に、誠実に接していこうと感じます。母も安心するでしょう。 突然でてきた作者さんの記事、読ませていただいて本当に有難うございます。沢山泣いて、すっきりしたように想います。
-
みみ
2026-02-12
わが身を振り返る内容です。気づかぬうちに、すっかり人付き合いの筋トレ衰えています。 人並みの社交性はあったものの、中年過ぎると、若い時みたいに、一緒に楽しもうよ!っていうより、なにかとひとの生活を詮索する人が増えた気がします。 年とともに脳の前頭葉も衰えてくるからか、相手の気もちも考えず、ズケズケと自分が聞きたいままに質問してくる人が多くなり、人付き合いがニガテになってしまいました。よそのお金事情、家族構成、家族の介護や病気が気になるようで、楽しい会話というより、もはや国勢調査みたいです… つがえさまのご友人のように、視野が広がる人付き合いはいいなと思いつつ、また詮索やウワサ好きな人に会いそうでつい萎縮してしまいます。 ところで、お兄さまが、その後ご無事に過ごされていらっしゃって安心しました。お大事になさってくださいね。お兄さまの介護時の連載からの読者ですが、介護を離れられても変わらず、連載を楽しみに読んでいます。いつもありがとうございます。
シリーズ